樹とゆきみ
「樹なに言ってんの、」
「真実だけど。」
北人の声に被せるように樹がボソっと言う。いやマジか。そんな気はしてへんかったこともないねんけど、まさかやって。お蔭で俺はマイコのことが吹っ飛んだ。見ると、複雑そうな陸の顔と、今にも樹に掴みかかりそうな北人。
「興味本位ってなんだよ!?ゆきみ彼氏できたこと今まで一度もなかったからっ…!冗談よせよ、樹!」
「…付き合ってるからヤるわけじゃないでしょ。言っとくけど、無理やりヤる趣味ねぇから。同意の上だ。」
「嘘だっ!!!」
ダンっと立ち上がって北人が樹の胸ぐらを掴みかかる。慌てて俺とケンタが立ち上がって両サイドから北人と樹を止めようと羽交い絞めにするけど、顔面くっつきそうなくらいにガンつけ合う北人に、抑えながらもちょっと切ない。
「ゆきみがそんなことするわけねぇっ!」
「あのさ、ゆきみのことなんだと思ってるわけ?あいつだって普通に女だよ?好きな男だっているし、恋だってしてる。何も知らないだけのガキじゃねぇんだよ。北人お前、ゆきみがどんな気持ちで俺に抱かれたのかわかんのかよっ!?」
ケンタの腕を振り払って樹が北人に殴りかかった。当たり前に俺ごとドカってぶっ倒れて、止める間もなく今度は北人が樹に殴りかかった。
「おいやめろって!お前らが揉めても仕方ないやろっ!?」
「壱馬は黙ってて!」
…こんな真剣な北人は初めてやし、こんな風に感情を表に出す樹も初めてやった。胸ぐら掴んだまま転がる二人を止めても無駄やなって思うけど。
「ケンタ、どう思う?ゆきみと樹…。」
「あぁ、樹が嘘つくタイプじゃないからなぁ…。」
「ってことは本当にゆきみ、樹と?」
隣で聞いてた陸が目に見えて分かるように落胆した。
「せめて俺の知らない奴ならよかったのに。」
陸の言葉に「マイコと朝海はどうなんだろう…?」慎の声にケンタが切なげに微笑んだんや。
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