パシリ以上優しさ未満

「…なにしてんだよ。」


低い声に顔をあげると呆れた表情の俊ちゃんが私を見下ろしている。俊ちゃんの自宅であるマンションのエントランスの脇で蹲っていた私にちゃんと気づいてくれる俊ちゃん。このマンションの住民かもしれないし、ただのお客かもしれない。はたまた変な人、かもしれないっていうのに、ここにいる私って人間を一度も見落としたことがないんだ、この人は。


「俊ちゃん、あのね…。」

「どーせまたナオト、やろ?」


私より先にそう言うんだ。いじわるな口調なのに見つめる瞳は呆れつつも優しい。しゃがみ込んでいた私の腕を掴んで立ち上がらせてくれた。困ったように微笑むと「うん…直ちゃんが女の人と二人で踊ってて…。」思いを言葉にする私をさもドン引くかと思いきや、俊ちゃんは私の手首を掴んだままエレベーターへと押し込んだ。


「ファンってみんなそうなんか?」


なんて聞かれた。え?どういう意味?キョトンと俊ちゃんを見つめる私の頭をポカっと叩く。


「お前がどんだけ凹んだところで何一つナオトには届いてねぇから安心しろ。そもそもナオトはお前のもんでもねぇのに落ち込む意味が分からんがな…。」


煙草をポケットから出すとそれを口に咥えた。まだ部屋の中じゃないから我慢しているんだろうけど、早くしろって顔でエレベーターの数字を見つめている。ポンっと音と共に降りてカードキーでドアを開けるとすぐにジッポで火をつけた。

ふぅーっと白い煙を吐き出す俊ちゃんは、知る人ぞ知るEXILE第一章のボーカリストだ。今は同じ場所にはいないものの唄い屋としてロックを一人やっている。そんな俊ちゃんと仕事で出会った私は、EXILE NAOTOさんの大ファン。俊ちゃんと歳が近いということもあり、マブダチみたいな関係を築きあげていた。


「分かってますぅ。それでもファンは嫌なんですぅ。」

「…キモイな。」

「な、酷い。俊ちゃんには分からないでしょ?ファンの気持ちなんて。」

「分からんな。」


煙草を咥えたままギターを寝室から持ってくるとポロンと音を奏でた。まるで私の気持ちなんて無視してると思ったけど、俊ちゃんはこーいう時言葉で慰める人じゃないということも知っている。慰めるなんて行為をする人じゃなさそうなのに、決まってギターを弾いてくれる俊ちゃんは、もしかしたら誰よりも優しい人なのかもしれない。

私のくだらないヤキモチにさえ、文句を言いながらも付き合ってくれる人なんて、この世に俊ちゃんしかいない…?あ、あれれ。なんか私ってば間違ってない?てゆーか今更俊ちゃんの部屋にあがれてることが凄くない?だって、清木場俊介だって私がNAOTOを想うぐらいファンいるよね。そんなファンのこと私ってば裏切ってない?


「ブスやなぁ。」

「…しゅ、俊ちゃんあのなんで私家にあげてくれるの?」

「なんでだと?お前が家ん前におったからやろ。なんだ今更?意味分からん。」

「私のこと、」


パコってオデコにデコピンが飛んできた。見つめる俊ちゃんは咥え煙草のままジロっと私を睨んだ。

分かってますよーだ。俊ちゃんに限ってそんなこと有り得ないって。ほんのちょっと自惚れただけじゃん。ラブソング以外で俊ちゃんが愛を口にしているなんてとてもじゃないけど思えないし。


「帰る。俊ちゃんの顔みたらちょっと落ち着いたから。…ありがとう。」


立ち上がる私を当たり前に無視している俊ちゃんが何を考えているのかさっぱり分からないけど、俊ちゃんの部屋を出た瞬間LINEがポロンっと鳴る。【珈琲きれたから買ってこい】
って。なによ、これ!


パシリ以上優しさ未満
(…ねぇ、これパシリじゃん!)
(仕方ねぇから泊めてやる。)
(…やっぱり私のこと、)
(早くしろブス。)
(……イラ。)


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