「あ、雨…。」
最寄り駅に着いた途端まるでバケツをひっくり返したかのような大粒の雨がアスファルトを軽快に濡らしていた。仕事で疲れた身体にこの雨はキツイ。家まであと少しなのに動き出せないなんて。
はぁ、どうしよう。
バッグの中の折りたたみ傘ではとうてい太刀打ちできそうもない大粒の雨にボーッとただ降りしきる雨を眺めていたらブーっと手にしていたスマホが振動する。
【着信 SHUNちゃん】
えっ!?なんかあったの?慌てて通話を押すも雨の音で彼の低音ボイスもほんの少し聞き取りずらい。
「もしもし。」
【近くまできたんだけど、】
まさかの言葉に顔が緩んだ。
アーティストの彼の拘束時間は長く、滅多に私と被るなんてことも少ない。そして俊ちゃんという人は自由人だから、よくよく1人で何処かへ行ってしまうし私をわりとほおっておく。ただ、仕事で色々あるとこうしてたまーに逢いに来てくれる人で。
きっとまた何かあったのかもしれない。
私は知らなくていいようなことが、沢山。
だけど最終的に私を頼ってくれる俊ちゃんが嬉しくて自然と笑顔も零れてしまう。
「地元の駅で雨宿り中だよ。」
【見つけた。】
俊ちゃんの車が駅前に停る。こんな小さな駅に似つかない黒い高級車。ゆっくりとそちらに歩いてくと車内からドアが開いて俊ちゃんの匂いが鼻をつく。
軽く濡れながら助手席に座ると私を見つめていた俊ちゃんが口端を緩めた。
「元気?」
そういえば、前にあったのは三ヵ月前?
そんなに逢ってなかったなんて。寂しいと、逢いたいと口にするのは忙しい彼を困らせる事だと思うから今まで一度も口にしたことなんてない。
俊ちゃんが逢いたい時に逢いに来てくれたらそれでいいって。
「元気だよ。俊ちゃんは?」
「まぁ普通。」
「俊ちゃんの普通は普通じゃなさそうだけど?」
「なんだそりゃ。…急にお前の顔浮かんじゃって。俺もいい歳だから弱ってきたよなぁ、なんか。」
煙草を咥えながらも、左手が私の頭を撫でる。俊ちゃんらしからぬ愛情に胸がトクンと音を立てた。
「オジサンみたいだよ発言が。」
「今言ったろ、いい歳だからって。俺もお前もジジィとババァだろ、もう。」
「私は見た目より5歳は若く見えるはず。」
「見えねぇよ、そんまんまだ。」
「酷い。これでも色々気使ってるのにー。」
「分かってる、今のは冗談。ゆきみ…。」
「え?」
「ちゃんと逢いたい時はそう言えよ?」
どうしたの?そう言いたいのに、あまりに俊ちゃんが優しい顔をしているから開いた口がそのまま塞がる。
見つめる俊ちゃんは、ちょっと照れているのか、私を見てはいない。
「言ってもいいの?」
「言ってくんなきゃ分かんねぇ…。」
「…篤志くんになんか言われた?」
「…ん、まぁそんなとこ。」
救世主篤志くんは、いつでも優しい人で。海外留学中なのに私達の心配までしてくれているんだって、感動。
言いたいことをどれだけ我慢しても俊ちゃんと一緒に過ごせるならそれでいいって思ってきたけど、もうちょっと我儘になってもいいのかも、しれない。
「うん。逢いたかった、俊ちゃん。すごくすごく逢いたかった。」
「早く言えよ」
そう言いながらも俊ちゃんの頭を撫でる手が後頭部で固定されて、ふわりと煙草の香りを強烈に感じた時にはもう、私達は触れ合っていた。
温かい手
(ねぇこの後どうするの?)
(そんなの持ち帰るに決まってんだろ)
(三ヵ月が限界ってこと?)
(……さぁな。)