お世話係

「樹…ねぇ樹…。」

「…なに。」


部活に入っていない樹は帰宅もあたしなんかよりも遥かに早い。同じクラスの海くんに水泳部のマネージャーを頼まれたあたしはこの夏限定でマネージャー業務を遂行していた。飼い猫をすこぶる可愛がっている樹はあたしの幼馴染で美顔のくせに無口で無愛想。女は寄ってくるけど、猫にしか心を開かない樹は毎度振った女に文句を言われている。どーせ、興味ない、とか、好きじゃない、とかそーいう傷つけるような言葉を発しているんじゃないかって。まぁそこはどーでもいい。あたしには唯一懐いている樹だと思っているから、あえてこの言葉を言ってみようと思う。もう強行突破しか樹のスイッチを押すのはできない気がするから…。面倒そうにあたしをちら見する樹。


「あのね、樹は、キスしたことある?」


ぱちくり瞬きをする樹は、不審な目であたしを見ていて。眉間にシワを寄せて一言「は?」そう呟いた。


「…海くん達とキスしたことある?って話で盛り上がって、興味あるならする?って言われて…。」

「したの?」

「………。」


樹の腕の中からニャンコが飛び降りていく。無言で目を逸らしたあたしを見ている樹。


「した、よ。別にどうってことなかった。」

「…あっそ。」


そう呟いて樹はまた静かに猫を抱き上げた。もうその瞳はあたしなんて見てもいなくて。…勝手に樹は他の女よりもあたしを想ってくれているんじゃないかって思っていたけど、あたしの勘違いだったのかもしれない。でもあきらかに不機嫌になったのが分かる。口元がムスッとしている。長年樹を傍で見てきたあたしには分かる。


「樹…。海くんに付き合ってほしいって言われたよ。」

「…あっそ。」

「樹、いいの?」

「俺には関係ねぇ。好きにしろよ。」


猫を優しく撫でる樹の手は乱暴でも何でもなく優しい。あたしもあんな風に樹に触られたい…。


「好きにする…。」


ゆっくり樹に近づいてそのまま顔を寄せた。ニャーニャーニャーニャー猫が鳴きながら樹の腕からまた降りた。まるで無反応の樹の手をキュッと握るとハッとしたように樹があたしを睨んだ。


「海青のお古とかいらねぇんだけど。」

「嘘だよ、キスなんてしてないし、告白もちゃんと断った。だって樹が可哀想だもん。あたしがいなきゃ何もできない樹のこと、独りにするわけないよ。」

「…馬鹿じゃん。」


泣きそうな顔で小さくそう呟いた樹は、触れて欲しいと思っていたその手であたしを引っ張って後頭部に腕を回した。



お世話係
(つーか何もできないの俺じゃなくてゆきみだろ。)
(えっ、そんなことないよ。)
(いーや、北人とゆきみのお世話は俺がしてる。)
(…!北ちゃんはそうかもだけど、あたしはちがっ)
(うるせぇ、黙れっ!)


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