秘密のSOS

社会人になると自分の体調も自己申告になる。朝から調子が悪かった。何とか満員電車に乗れたものの、圧迫感なのか、駅について動悸がして、会社に着くころには気分が悪くなっていたんだ。さほど忙しいわけじゃないものの、それなりに〆切の迫ったものは抱えていて。繁忙期も過ぎたからヘルプで来てくれていたバイトさんもいなく、今は女性4人で回している。そのうち二人が主婦だからいつ保育園に呼び出されるかは分からない。もう一人の子は病み上がりで…頑張らなきゃ!と思い、気合いを入れていつもの紅茶を淹れたもののすすみが悪かった。なんか寒気もするし、やばいかも。お腹も痛くて何度となくトイレに行ったり。でも一歩フロアに入ればなんてことないって顔をしなきゃなのが社会人って奴。

何とか気合で乗り切ったものの、定時で上がった瞬間、ドアの前にもたれかかった。


「大丈夫?」

「え。」


私を見て小さく溜息を零したのは隣の営業部の岩ちゃん。エリート出世街道まっしぐらな岩ちゃんは人望も厚く、老若男女誰からも好かれている人で。さわやかなイケメンで勿論女性からもモテモテ。でもそれを全く鼻にかけていない人で…。私の恋人だった。


「朝から具合悪かったでしょ?」

「…え。気づいてたの?」

「当たり前だろ。俺ゆきみのなに?」

「…うん、ごめん。」

「頑張ってるから邪魔しないようにって思ってたけど、俺も一緒に帰るよ、心配だし。」

「うん。ありがと。」

「無理しちゃって。帰ってもよかったんじゃないの?」

「まぁそうなんだけど。限界まで頑張ろうと思って。岩ちゃんが知っててくれたならもうちょっと甘えればよかった。」


軽く笑うと岩ちゃんはちょっとだけ不満そうな顔で私の後ろにある壁にドンっと手をついた。…え?ここで壁ドン!?なん、で。


「2人きりの時は剛典。そう呼ぶ決まりでしょ?」


確かにそうだけど。今ここ会社…―――――チュッて軽く触れた唇にここが会社ってことを一瞬忘れそうになった。トクンと胸が脈打った。


「だーめ、そんな無防備な顔。もっとするよ?」

「だ、だめ!だめだめ!って何してるのよ。」

「あれ?一瞬喜んだよね?」

「もー私の心読まない!」

「だって聞こえるんだもん。ゆきみの大好きが。」


ポスって頭を優しく撫でた剛典は私の隣に並んで歩き出す。帰るだけなのにスキップでもしそうなくらい軽い足取りに疲れも吹っ飛ぶような思いだった。


秘密のSOS
(熱あげれば下がるんじゃない?)
(え、あげる?)
(そ。適度な運動とか。)
(剛典エロ目。)
(今日泊まるから。)
(…う、うん。)


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