どろどろ紅しょうが
キセキの休日。
どろどろ紅しょうが編。
さて、年度末。忙しい忙しい部活も今日はお休み。
ともなれば、何をするかどこに行くかは人それぞれだけれども、今回の休暇は休日との重なりも悪く平日に1日空いただけだ。
連休でもなければ家族の者も仕事やら何やらに忙しく、偶然暇を持て余した青峰、赤司、黄瀬、黒子、緑間、紫原は特に示し合せるわけでもなく、自然と同じことをするのが常だ。
そして今回の休日は、紫原家にて。
さすがに全員が紫原の部屋に集うのは狭いので、家族の出払った居間に間借りしてゲームに興じている。
紫原の持つソフトは数は多くはないが、ゲームパックからからスポーツ、レーシング、ぷよぷよにテトリスに太鼓の達人と多様だ。
ある程度の根気強さは必ず求められるRPGと、格闘、バイオハザードのようなシューティングがないくらいでその他のジャンルなら大体一つずつあるため、どんな顔ぶれで集まっても必ず何かがヒットする。
多様ににとりあえず一揃え…というか、多様なものを”一つずつ”揃えといったところなのだ。
そのラインナップを見ると、紫原が色んなものに興味を持ち、そして色んなものに興味を持ち続けなかったことがよく分かる。
だからといって何も全て飽きているわけではなく、興じれば彼はその大きな手で器用にコントローラーを操作するし、結構な対戦成績をおさめるのだから侮れない。
今は、黄瀬と青峰とで何を思ったかぷよぷよの対戦中。
時折あーっとか青峰っち酷い!とか、降ってくるお邪魔ぷよに対して黄瀬が叫ぶのだが、実力として2人は僅差だ。
…というか、低レベルだ。
赤司、緑間、紫原ならいざ知らず、彼らほどは頭に自信のない黒子にさえそれは幼児の操作に見える。
(…酷いな…)
(あれは縦にして一番左端に待機させておけば良いのだよ…そうすれば2手先のぷよで連鎖が、)
(ていうか…相変わらずぷよ下手だよね−2人とも…)
(連鎖とか…考えてるっていうか、そもそもやり方知ってるんでしょうか?)
ただし本人たちは熱中しているのであえて揶揄することはなく、幼稚園児2人の対戦を微笑ましく鑑賞しながら4人はしばし休憩中である。
そんな時に飛び出した青峰の発言に、一瞬その場が凍りつく。
「なー紫原−、そーいやお前どこに隠してんの、えろ本。」
「しね峰ちん。」
「紫原君、気持ちは分かりますがハードすぎます。まずはいつもみたいにひねり潰すところから始めてください。」
「おい始めるって何だよテツ、」
いくらなんでも今日この場所でそういう発言は飛び出さないだろうと黒子は思っていたのだが。
どうやらこの色黒青春系バスケバカには空気を読むという能力が欠如しているらしかった。
緑間ならいざ知らず(今回も曰く、”破廉恥なのだよ!お前も中学生なら中学生らしくその本分をわきま(以下略)”)、平素の紫原ならその手の内容に特段嫌悪してかかることはない。
少々恥ずかしがりの気はあるが、興味がある部分とない部分がない交ぜになったいわゆる中二病ちょっと手前なのが彼である。
この会話も普段であれば”ハァ?んなもんねーし…峰ちんのえろー”で終わるところだが。
「…」
黒子の視線の先、赤い色した猫目の少年が無関心を装っている(あるいは、そうなのかもしれない)。
紫原はもう彼と視線を合わせることが困難らしかった。
そう、良くも悪くも(悪いということはないだろうが)今日はキセキメンバー勢揃い。
緑間もいれば赤司もいる、普段ならスルーされる青峰の明け透けな性への関心も、これほど間が悪いものはない。
「…もー、いーからみんなでゲームでもしててよ。…俺昼ごはん作ってくる。」
「あ、僕お手伝いします。」
「いーよー6人分くらいあっという間だし。…黒ちんは峰ちん見張ってて。」
そう言うといたたまれなくなったのか紫原が席を外し、残された赤司、緑間、黒子は何となく気まずい空気になったが、画面の前の金髪とガングロだけは相変わらず楽しそうにぷよを続けていた。
これほど稚拙な対戦ならすぐ終わるかと思われたが、連鎖のない対戦はお邪魔ぷよの出現が圧倒的に少ないため、意外にも1ゲームが長く続いた。
お昼ごはん、といって紫原が持って来たのは焼きそば。
家の遠い赤司と緑間が紫原の家に着くまでの間、買い出しに行ってきた黒子と青峰、紫原で話し合った(※最終的にじゃんけんになった)結果がこのメニュー。
味はオーソドックスなソース焼きそばで具はキャベツともやしと豚肉、紅生姜にした。
まあイカが欲しいとかソースが嫌いだとか、人の家に来てまで誰もワガママは言うまい。
焼きそばの嫌いな中学生もそうそういない上に、ホットプレートを使ってしまえば全員分一気に用意できるため、これは結構良い選択だったと言えるかもしれない。
しばらくキッチンに立っていた紫原は戻ってくると、ゲームに熱中している黄瀬と青峰は後回しにして、赤司、黒子、緑間の前に一皿ずつに取り分けた焼きそばを置いていく。
「待ってると覚めちゃうから、先食べててね。」
赤司、黒子、緑間。
出す順番には意味がないが(テーブルに座っている右から順番に)、この場合どの皿を誰の前に置くかということに大いに意味がある。
一目でそれと分かる違い。それが何とも微笑ましいと黒子は思う。
(食の細い黒子には少なく盛ってくれたことも嬉しかった。彼は面倒くさがりだが、意外とホームパーティのホストとしての役割をきっちりこなすタイプだ)。
「…」
だが、そんな黒子の感じた微笑ましさとは様相が若干異なり、右の心境はどうやら複雑らしく、その表情を何故だか曇らせている。
「どうかしました、赤司くん?」
「いや、…別に。いただきます。」
空気の読めない頭の悪い連中(誰がなんて言ってません)ならいざ知らず、彼がこの配慮に気付かないわけはないのだが、それでも他の2皿と横目で見比べて、やはり複雑そうな顔をする赤司。
(ああ、)
そう言えば、と黒子は先ほどの買い出しの際のやり取りを思い出し、納得した。
思えばその件でスーパーの中で散々もめたのだ。
きっと、赤司はこれまでも紫原の家を訪れたことがあり、焼きそば、もしくはお好み焼きなどを振る舞われたことがあるのだろう。
その時との差を、このチートは(日常生活においてもチートゆえ)敏感に感じ取ってしまったのだろう。
圧倒的優位に立って生きていると思われがちなチートだが、時に生きるのに非常に不便なほどチートなのだ(…混乱してきました)。
「…赤司くん、赤司くん、」
紫原が青峰と黄瀬の2人に振る舞いながらから「ねー連鎖って知ってるー?」と尋ねている頃(それへの2人の回答もとても気になったのだが)、黒子は赤司にニコリと笑いかけた。
自分としては精一杯の表情だったのだが、気味悪がられてしまったらしく怪訝そうな顔をする赤司。
その目からは未だに戸惑いの色が消えていない。
(何でしょうこの可愛い生き物たち。)
目前のチートも、眼前で焼きそばを振る舞う背の高い妖精も、互いの前では形無しだ。
それが何とも言えず長閑で平和で、見ていて幸せな気分になる。
「それ、というか、これですけど、」
黒子の指差す先に、黒子の分の焼きそば。
湯気立つ美味しそうな香りと見た目のその上に、ちょんと乗った紅生姜。
赤司の皿にはない紅生姜。
緑間の皿にあって、赤司の皿にはない紅生姜。
青峰の皿にあって、赤司の皿にはない紅生姜。
黄瀬の皿にあって、赤司の皿にはない紅生姜。
この小さな紅(赤色)のせいで、君(赤色)が煩悶する姿を見る日が来ようとは。
「気にしないで良いと思います。紫原君は別にいつも赤司君に気を遣って合わせているわけじゃないと思います。」
「…」
「赤司くん知らないでしょうけど、このせいでさっき乱闘になりかねたんですから…。」
漬物コーナーの隅っこで、体格のいいのが2人で真剣に紅生姜議論。
思い出しても笑えるやら笑えないやら。
焼きそばには紅生姜が必要だと絶対と譲らない青峰と、いらないという紫原。
そして、紫原の家には紅生姜が常備されていない(それもまた信じられないと言う青峰)。
青峰はその魅力と不可欠さについてああだのこうだの(つまり紅生姜買え)と自説を展開するのだけれど、紫原の言いたいことは多分そういうことじゃないだろうからどう訴えたって無駄なんじゃないかと黒子は思いつつ、そのやり取りをやや遠巻きにして見ていた(もちろん巧みに周りの視線からミスディレクションしつつ)。
「いるっつったらいるんだよ!紅生姜のない焼きそばなんてたこのないたこ焼きみてーなもんだろ!エビの入ってねーエビピラフみてーな!」
「いらないって言ったらいーらーなーい!たこ焼きにたこなくて別にいーし!エビなくてもいーもん!美味しいし!あのね、赤ちん紅生姜が嫌いなの!」
「あいつの皿に入れなきゃ良いだけだろ!」
「良くないし!誰かのお皿に乗ってただけで赤ちん気分悪くなっちゃったらどうすんの!!??」
「なるか色ボケ!!!あいつがそんな繊細に出来ててたまるか!赤司のことになると急に馬鹿になんのどーにかしろよ過保護過ぎだっつの!」
今思えばあのやり取りを録音でもしておけばよかったかもしれない。そうしたら、さらにレアな赤司の姿を拝めたかもしれない。
「だから元々、本当にこの家に紅しょうがはないし、紫原君も紅しょうが無し派です。」
君が心配するまでもなく。
「…、黒子、」
「大丈夫です。黙っておきます。」
いただきます。
黒子が一口目に食べた紅しょうがは、ぴりと辛くて。
甘い2人を目の前にしながら食べたのに、やっぱりすっぱい味がした。
end.
何だこれ…(笑)。
でも何とかSSに収まった。
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