12時を忘れるほど。
「シンデレラってさ、12時前に王子から逃げるよね。魔法が解けちゃうから。」
「うん。」
「それでさ、王子はシンデレラが落っことしたガラスの靴を持って探し回るんだよね。」
「うん。でも敦、」
魔法は解けたのに何でガラスの靴だけ残ってんの、とか
そもそも何で12時で魔法解けるの、とか
ガラスの靴わざと落としていったんじゃない?とか、
そういう夢のないことは言わないでくれよ。
言うと、彼は笑っていた。
「何それー。夢のないのは赤ちんじゃん。」
(でも、たまにそんな現実主義者になっちゃう赤ちんも好きだよ。)
それは反則。
「でもね赤ちん、もし俺が王子だったら。…シンデレラがもし赤ちんだとしてさ。」
「ガラスの靴持って探し回ったりなんかしないと思うんだよね。」
ああ、そうかもしれないね。
敦は、強い。
きっと、敦は何かに追い縋ったりしないのだろう。
いつだって求めるのは僕で、弱いのは僕だ。
彼を求め、縋り、
(敦は優しい。きっと僕が望む限り、一緒にいてくれることを僕は分かっている。)
多少ならずも、…言葉には出さずとも、彼の負担になっているのだろう。
(知っていてずるく立ち回る僕。)
初めから、分かりきっていた現実
だが、それは少し悲しくて。
まだ涙は浮かんでこないけれど、涙腺を緩めないようにこめかみに力を込めておく。
「ねえ、赤ちん、」
呼ばれて顔を上げると、真剣な目でじっと僕を見る敦。
童話のおうじさまみたいな、菫色の澄んだ瞳。
「もし俺が王子なら、12時でシンデレラを手放したりしない。」
ごめんね赤ちん。
(逃がしてなんかあげない。)
敦、
(大丈夫…多分、僕、)
12じなんてわすれちゃうくらいきみがすき。
end.
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