子猫も構って欲しかった

「ごみ出し行ってくるね。」


「うん、お願い〜」


料理は紫原の担当、掃除片付けは大体が赤司の担当だ。
その他の家事は交代で、ごみ出しはその時々で気付いた方手の空いた方、ついでの用がある方が行く。
今日は燃えるごみの日だ。
不摂生な生活を送っているごく普通の下宿大学生の生活と比べれば、自炊している分当然生ごみの比率は多くなる。
燃えるごみはいつもプラごみより重量はあるけれど、大学生男子の二人暮らし家庭から出る量なんてたかが知れている。
彼の身を気遣うほどの重さではないから、紫原は赤司のその申し出に甘えた。
大学での有機化学実験が長引き家に帰りついたのが昨夜の22時過ぎだった紫原は、長時間実験室に拘束されたことでの肉体的な疲れと実験操作における気苦労から早々に床に付き、つい今しがた朝シャワーを浴びてきたところだ。髪を乾かすのはそこそこで良くとも、まだ体が湿っていてきっちり服を着込むには早い。
冷え込み始めたこの時期の朝、服の濡れた状態で外に出れば確実に風邪を引いてしまうと心配した赤司が先に動いた。
互いにサークルも授業もない。たまたまバイトのシフトも入らなかった土曜日の、遅めの朝食の準備を紫原に任せ彼は一人ドアを開け外に出る。


紫原が留守番を任される形であるし、どのみち数分で戻るのだからいつものようにドアの鍵は開けたまま…。


(…)


紫原の頭に、不意にむくむくと悪戯心が湧いてくる。
このまま、鍵をかけてしまったらどうだろう。
赤司は怒るだろうか、それとも拗ねたような、可愛いふくれっ面を見せてくれるのだろうか。
…昨日は自分の帰宅が遅く、挙げ句に夕飯も取らず寝てしまった。
介抱してくれた赤司とも二言三言しか話さず(それもどんな会話をしたかさえあやふやにしか思い出せない)夢の中に飛び込んでしまったのだから、空腹なのは言うまでもないが、それにも増して体と心が深刻な赤司不足なのだった。
例え可愛くいじけてくれなくても、物騒な世の中だからな、と泰然と受け流されても(…余談だが、物騒だと言うならその等式には間違いがある。それ程物騒な世の中なのであれば赤司に単独での外出の用事などまず絶対に頼まないし、頼んだとしても逆に家の鍵は開けておく。厄介ごとに巻き込まれたとき、彼がすぐに逃げ込んで来れるようにだ)、…仮に真剣に怒られたところで構わない。
赤司との会話なら接触なら、今は何であっても嬉しいと感じるほど赤司を渇望して止まない。


朝の冷え込みの中、少し可哀想な気はしたが、すぐインターホンを鳴らすかどうかするのだろうから影響はないだろう。
そう腹を決め紫原は鍵をかけた。








トントンと軽い足音がマンションの廊下から聞こえてくる。分厚いドアの向こうだが、意外にも外の音は新聞受けを通して玄関に響く。
新聞を取った際閉めておかなかった新聞受けの入り口はまだ少し開いたままで、外から自分の足が見えない様脇に身を寄せ息を潜めながら紫原はその瞬間を待った。


ガチャ、ガンッ


ドアノブを提げる音、すぐ続いた鈍い音は、本来開くはずのドアが鍵の存在よって妨げられ内部のバーがドア枠の金具とぶつかった衝撃音だ。
息遣いらしいそれは何も聞こえてはこないが、ドアの向こう確かに赤司は息を飲んだだろう。
いつもなら開くドアが、今日に限っては開かないのだ。そして、赤司は鍵を持って出ていない…。








(…あれ?)


すぐに何かしらあるだろうと思っていた反応がなく、紫原は目をぱちりとさせた。
インターホンも鳴らない、どんどんとドアが叩かれることも、「おい、敦、開けろ、」と外から呼びかけられる声もない。
もしかしたら鍵を持って出たのかも、とは思ったものの、それにしても数秒経ってもシリンダーは回らない。
…どうしたのだろう。紫原の頭に浮かぶイメージはただ一つだ。
悪戯に呆れ、あるいは怒った、ドアの向こうで腕を組み仁王立ちしている赤司。


(…う…、)


怒られても良い、とは思ったが、昨日散々疲弊した体。睡眠とシャワーでいくらか回復したとはいえ、いざ叱られると思うと身構えてしまう。
まさに嵐の前の静けさを感じさせる状況に、じわりと心臓が締め付けられる。
本当に、本当のことを言えば、何も口論をしたかった訳じゃない。
ただ赤司とロクに会話も出来なかった昨日を思うと、どんな形でも良いから構って欲しくて気を引こうと思っただけなのだ。
…それを今になって怖がっているのだから、全く精神的には未成熟という他ない。
…まさかと思うが、紫原が外出したと思い探しに行ってしまったのか…確率は低いにせよその選択肢も無きにしも非ずである。
そうであれば叱られずには済むけれど、だがこの寒空の下に薄手の夜着で出て行った赤司があてもなく自分を探し回る姿など欠片ほども考えたくない。
考えただけでいたたまれず、仮の話なのに心逸りいてもたってもいられなくなる。
焦り、とりあえずノブに手をかけようとした瞬間、扉の向こうからようやくの反応があった。


カリカリ  カリカリ
カリカリカリ カリカリカリ


「…???」


何やら規則正しく聞こえる小さな音に紫原は耳を澄ませた。
ちょっとでも耳を澄ますのを止めてしまえば聞こえなくなるほどの弱々しい音だったが、規則正しいそれは確かに扉の外から聞こえてくる。


カリカリカリ カリカリ…


それが赤司からの返答かとようやく思い至った紫原が動き、だが何を思ったかドアを開けるより前にまず覗き穴を覗いた。
まずはこの音の正体を見極めなくてはと無意識に動いたのだが、その小さい窓を通して飛び込んできた光景に紫原は息を飲む。








カリカリカリ
カリカリカリ


見辛い魚眼レンズを通して紫原の視界に飛び込んできたのは、指を曲げ爪を立て、拙く頼りなげにドアを引っ掻く赤司の姿だった。








「!!!」


赤ちん、とは声に出ず、無言で鍵を開けドアを開ける。
勢いよく開けてしまって赤司にぶつかりはしないかと一瞬肝を冷やしたが、そこは鍵の開く音で鋭く察知した赤司が一足先に体を後ろへと避けていた。
未だ目を丸くしたままの紫原に、赤司の方は何故だか楽しげに笑う。


「赤ちん!!!ん、な、何してんのー!!??」


「…だって。…これ、悪戯だろ?」


(だから悪戯し返してみた。…それに敦、いつも俺のことを猫みたいって言うから、)


「猫みたいに、ドア、引っ掻いて、みた…」


んだぜ…と…。
普段なら続く語尾が続かないほど小さくなっていく声音、その声に同じくして赤司の体も心なしかしゅんと小さくなった気がした。
そしてそれを補うように、相対的に紫原の方は鼓動が高鳴り目を輝かせている。
自身の行動を子供っぽいそれと思い恥ずかしくなったのか、いつしか頬を赤く染め俯いてしまった赤司が顔を上げようとしたとき、堪らずその肩を抱き寄せ全身をすっぽりと包んで抱きしめた。
僅かな時間とは言え外気の冷たさに触れた体はひんやりと冷たく、紫原は自分のちょっとした悪戯心を悔いた。


「ごめん、赤ちん…こんな冷たくなっちゃって…」


俺、構って欲しくて…、


言いながら、赤司の頭のてっぺんに頬を摺り寄せる。
赤司は擽ったそうにしたけれど、決して嫌がりはしなかった。


「分かっているよ、」


敦のことだから。


ふふ。


ふわり笑った赤司の吐息、それを胸元に感じた紫原は、「う〜」と何やら耐えるような唸り声を上げ目を瞑った。
不思議に思った赤司が体を離そうとするが、それを許さずぎゅっと抱きしめる。


「〜〜〜…ぃぃ…」


密着したままの、くぐもった声は赤司には聞き取れない。


「?…え?何、敦?」


「〜〜〜っっっ可愛いっ!可愛いっ!赤ちんやばい、ちょー可愛い〜〜〜っっっ!!!」


猫の子赤ちん、子猫赤ちん!何コレ、何それ、めっちゃ可愛い!超俺得!
んん、やばい、駄目、ダメ、可愛すぎて俺もう限界…、


褒められ撫でられ抱きしめられ、全身で愛でられる。
赤司は嬉しく、それでいてくすぐったいような気分になりながら紫原の腕に収まっていた。
そして、


「…敦、これ、」


あたってる、どうするんだ、お前…色々と呆れを含んだ声を紫原は想像したが、もうこれはどうしようもなかった。
密着した今の状態では隠しようがない。
それにこれは、これは、違う、これは、赤司がいけない。
彼が可愛すぎるからで…。
愛情が体のそれに具体化してしまって、挙げ句にその性欲が一晩何も食べていない空腹状態からの食欲をも上回ってしう。
恥ずかしい、恥ずかしい、つい言い訳を考えまごまごと口を動かしていると、抱いた胸元から赤司が吹き出すのが聞こえた。


「う〜〜〜ごめ、赤ちん…」


「良いよ、でも、まず、体を離して、?」


名残惜しそうに離れる紫原の体を、完全に離れる寸前で今度は赤司が抱きしめる。
いつの間にか、外気で冷えてしまった指の先まで温まっていたことに気付いた。
その指で逞しい腹筋のついた脇腹を器用になぞると紫原が擽ったさに身を捩る。
それを腕に力を込め制し、赤司は紫原の顔を胸元から見上げた。
そして、


「敦、外、寒かった…」


(だから…、な、敦、…)


「…温めてくれるか?」


ありったけの気持ちと精一杯の誘惑を込めて。








子猫も構って欲しかった








それは少し肌寒い、11月の朝のこと。


小さな猫は大きな犬を誘うことに成功した。


end.

20131103

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