この冬の日を共に


今年のWC、一言でとても言い表すことは出来ないほどの思いの詰まったそれは、誠凛の優勝に終わった。








試合後すぐ紫原は赤司の元へ走った。
どこをどう、あるいは何をどう潜り抜けたのか話をつけたのか、数か月のぶりに出会った彼はどこかコート上より大きく見え(それは恐らく、彼より縦にも横にも嵩の高い連中が傍にいないからだろう)、風格、主将然とした立ち居振る舞いはそのままにして一人ベンチに座っていた。


「敦?」


と呼ばれたのか、ただ視線だけを向けられたのかは分からない。
ただ、その声ないし心の内で呼ばれた”敦”が、たいそう弱々しく聞こえていたのは確かだった。


「赤ちん、」


自分の方からは明確に名前を呼んで、心ここに非ずな、まるで今にもその背に羽が生え飛び立って行ってしまいそうな彼の存在を取り戻す。
何度でも呼ぼう。それで彼を、取り戻せるなら。


「敦、」


彼は言った。神様みたいな口ぶりでも、ずっと前、主将として皆に指示を出しているときの口調でもなかった。
幼い子供の呂律が、紫原の耳から離れない。


「どうしよう、か。…あいにく、行く当てを思いつかなくて。」


「思いつかないの…?」


「うん、…だっ」


だって、(負けてしまったから)


そう続くはずだった言葉を引き継いで断ち切った。
違う、違う、そんなことが言いたいんじゃない。


「思いつかないの?」


「…?」


「それ、ちょっと悲しい、」


そこは真っ先に俺のこと、思いついてよ…。


言えばくしゃっと泣きそうに笑った(笑おうとして、泣いていたのか、)


数分の間見ないうちに、彼は随分子供になってしまったように見えた。


今日決勝で、と言えば、さすが感情の機微には聡い大家族の面々である。人払いをせずとも自然と居間に二人にしてくれた。
…恐らく別室では今夜の献立を何の鍋にするかでもめているはずだ。
育ちざかりの五男を最後にするものの未だ良く食べる年齢の子供たちが揃うため湯豆腐という選択肢は紫原家には存在しないのだが、きっと見た目に疲弊しきった赤司のため、具材に豆腐は必ず用意されるだろうと思う。








冬の外気はさすがに堪えたらしい。部屋に入ってからずっとこたつでうずくまるように座る赤司のかじかんだ指先が、やや体温を取り戻したのを確認して紫原は冷凍庫からアイスを取り出した。
元よりWC決勝後はしばらくチームのメンバーと別行動を取り実家に身を寄せる気でいた紫原のために、母親が用意してくれていた彼の気に入りのカップアイスだ。
当然のように何個も買ってくれていたから、一緒にと誘うことが出来た。抜けのない母親に感謝の気持ちしか浮かばない。


「アイス…」


「そーぉ。こたつでアイス。ぜーたくじゃん?」


にっと満面に笑えば赤司もつられて微笑んでくれる。
儚げではあったけれど、その姿にどうしても嬉しさは募る。
スプーンを差し出しながら、わざと何か悪いことをしているような顔をして見せ、「共犯だし?」と言えばまた笑う。紫原は嬉しさと切なさでで胸が張りつめていて、アイスがつっかえるのではないかと真剣に不安に思った。


「…」


「…」


何も言わず、だがそれが気にならない。
そうだ自分たちはこんな間柄だったのだと再確認することが出来たのは、皮肉なことに彼が不安に苛まれている最中だった。
素直に喜ぶことはできないが、気長に待とう、焦る必要などないのだと紫原は心に誓う。自分が無闇に傷つけた彼を、一年と半延々と待った。待ち続けた。
明かりの見えないトンネルのようなところを脱却した今、不可能なことなどありはしない。
何年だって待とう。彼がそれを望むなら。
…だが、先を急ぐこともしよう。彼がそれを願うなら。


それは、驚くほど唐突なタイミングだった。


「…っっっ」


アイスを食べている赤司のスプーンの動きが止まったと思うと、その瞬間に涙がぽろりと零れ落ちる。


「…」


その涙に、不思議と紫原は不安に囚われることはなかった。むしろ、見せてくれてありがとう、晒したくなかった弱い面、俺に打ち明けてくれてありがとうと思いそして口にもした。
赤司はしゃくりあげることこそしなかったが、声を上げ抑えられない涙を流した。
コート上、黒子と笑って握手をしていた。蟠りの消えた瞬間、清々しさに包まれたことだろう。
だが、それだけではありえない。一足先に敗北を知った紫原には分かる。どんなに心が晴れようとも、後腐れなくとも。
…悔しい、辛い、悲しい、不安だ。彼の心を支配するそれが何なのか、精確なところは紫原にも分からない。だが、彼が苦しんでいることは分かる。
そして、その傍にいられるのは自分一人だ。
彼を今、救えるのは、


「…よしよし。冷えちゃったよね、寒くなっちゃったんだよね」


こころもからだも。
いつから、もう分からなくなったくらい前から。


「俺があっためてあげるし。だいじょーぶだよー。」


こたつに座る赤司の後ろから、彼を覆い抱くように包み込んだ。
長方形のこたつの長辺に腰掛けていたから狭くもない。彼の足を温める役目はこたつにお願いし、紫原は赤司を背から腕から温める。
抱き込んで頬を寄せ、彼の涙を頬で受け取る。


(俺も、泣いてる…)


「赤ちん、赤ちん、大丈夫、大丈夫。」


強固だった繋がりを、引きはがしたあの放課後と、拒絶し続けた一年半。


「俺が傍に、いるから、ね。」


今度こそ、手放したりはしない。








結局夕飯のメニューはすき焼きになったらしい。
豪華だが鍋の中では一番湯豆腐からはかけ離れているそれに申し訳なさそうに赤司の顔を見たが、彼はそれにふわりと微笑んだ。


「敦と、皆と、囲む鍋…俺、好きだよ、」


「うう〜…」


「そーだそーだ敦、すき焼きに文句なんてお前贅沢だぞ!」


「うっせーし!!!っつか兄貴肉ばっか食い過ぎ!」


ふと、楽し気だった場の空気をそのまま身に纏いながら赤司は隣の紫原を見上げた。


「…敦。」


「ん???なーにー?」


「…ううん、何でも。」


…いてくれてありがとう(感謝、ばかりだ…)。


…いさせてくれてありがとう(どういたしまして〜)。








この冬の日を共に








end.
20131112  加筆20131114(紫赤ちゃん真ん中バースデー)

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