ギフトラッピング

「もしアツシの恵まれた体格が神様がお与えになったgiftだとしたら、俺はさ、そのgiftの周りのリボンなんじゃないかって、思うよ。」


そう唐突に氷室が言い出したとき、紫原は、ああ、またネガティブのループだか螺旋だか何かにはまり込んでしまったのだろうと思った。








ギフトラッピング








彼の先輩は基本ポジティブで出来ている。
…というか、ポジティブで出来ていないと生きていられないんじゃないかと紫原は常日頃から思っている。
それというのも、生まれ持ったそれなのか育つ過程でそうなってしまったのかは知らないが、彼の一つ年上の先輩、氷室の思考はとてつもなくネガティブ要因で出来ているからだ。
バスケがとても好きで好きでたまらないのに、自分はその体格に恵まれなかった悲壮感然り、自分の身近な者にばかりその才覚や才能資質といったものが存在する悲哀然り。
彼と同じように負けず嫌いである紫原としては、出来ないものはつまらないから手を出さない(幸い学校の教科・科目に苦手なものはなく、部の練習はハードでキツいが学習面では日々恙なく学生生活を送っている)ものと考えているのだが、氷室の辞書にそういう諦めといったような単語そして語法は載っていない様だった。
…帰国子女であり母語が英語の氷室である。きっとその頭には英語と日本語の両方が入っているに違いないと紫原は思っている。
2コアタイプの、赤司とはまた違ったタイプのハイスペック頭脳だというのに色々なところが色々と残念だ。陽泉きってのイケメンだというのに。
やっぱりそれも残念だ。


かくして残念なイケメンもしくは残念な先輩でもある氷室辰也はそういった事情で極めてネガティブな内面を持つ。
暗黒なものの漂うその心の奥底(決して淀んではいない、澄みきっている。ただし、真っ黒に)を、これも彼持ち前のポジティブさで押さえつけ何とか補正して、彼なりの極めて”前向きな”毎日を送っているのである。
また、クールになると考えが冴えわたるのかそのままろくでもない方向に思考が飛んで行ってしまうので、都合”心はhotに、頭はcoolに”という彼の持論をそのまま使うとすれば、ほぼ毎日彼はhotな要素で暮らさないといけない計算になる(そして実際、基本毎日がhotだと紫原には見える)。


だが、時にこうして、ネガティブな氷室がポジティブな氷室を上回ることがあるのだ。
こうなるともう誰にも手が付けられなくて、周囲に後ろ向きオーラを散々ばらまいて静かに当たり散らして(ぶつぶつと何か呟いていることが多い。大体は放送禁止用語を交えた真っ暗なことを言っている)一日を終える。
まだ連日ポジティブが負けたことはないが、考えただけで恐ろしい。
また、こんなときばかりはいつもの熱い暑苦しいちょっといやかなりウザいいつもの室ちんが良い、と紫原は思うのだが。


「室ちん、まためんどくさいことばっか考えてー…」


…さて今日もそんな普段の氷室に輪をかけて面倒な氷室が現れたかと身構えたが、意外にも今日の氷室はそれほど真っ暗ではない様だった。
至って冷静に、相手の目をしっかりと見て何とか会話らしい会話が出来ていることに紫原はひとまずほっとする。
ネガティブな時の彼にとって絶対に会いたくない相手、神様からのgiftを余すことなく受け取った、無礼で無遠慮で無愛想な一つ下の彼の後輩が目の前にいても。
そしてそいつから若干またカチンとくることを言われても。
今の氷室は彼の端整な顔立ちを歪ませることなく、泰然と構えていた(ただし、内心ではとんでもない悪態をついていることだろうと紫原は確信している)。


「いや、そんなんじゃないよ。アツシの体格や才能に嫉妬…はもちろんもするけど、」


「するんだ、そこしっかり、」


氷室は基本、不毛な会話には返さない。


「でもさ、…アツシに与えられたgiftに、俺のリボンが巻いてあることで、…ちょっとでも、その恩恵を、才能を活かせてる面があるとしたら、」


言葉の前置きは、いつもみたいに目線でしてきた。
言いたいことははっきり言うけれど、前提はあえて目で語る。
それは氷室の悪癖だと紫原は思っている。
肝心な部分が伝わっていなかったら、繋がっていなかったら、その後何度言葉にしたって届かない。
それはこれまで、赤司と育んできた関係から得たことだ。
想いをストレートに口にすることには何の障壁もない帰国子女の彼であるのにどうして、とは紫原が常日頃から抱く疑問だけれど、今のところそれによって何か不都合が起きていないためあえて伝えようとはしていない。
それは彼に想いの人でも出来たら…(恐らく彼は迷うことなく告げるだろう。ストレートに、とんでもなく恥ずかしい愛の言葉を恥ずかしげもなく)。
…その時が来れば、それとなく伝えてみるつもりだ。


…そして、今日もこちらだけ外界に晒されている彼の右目はこう言っていた。


“努力ではカバーできない部分、持って生まれたものについてだけを議論するとしたら、だぞ。”


続きはしっかりと言葉にして。


「こんなに嬉しいことはない。」


素直にな。
そう言って苦笑いをした。


やはり気分はネガティブになりつつあるのだろうか。
だが結局のところそこからは氷室自身で脱却しなければならない。
それは、氷室自身がそういう性格だからだ。
紫原にとって、こちらから手を延ばし、支えていなければと思う相手はいる。
決して、それが出来ないわけではないのだ。
だがしかし、それは氷室のポリシーには当てはまらないのである。
彼は苦しんでも、悩んでも、ぶち当たった壁を自分で打ち破らなければ前に進めない人間なのだ。
彼にだって、支えとなる人間はもちろん必要だ。
チームメイト然り、火神然り、そして紫原然り。
しかし、友であろうと仲間であろうと弟であろうと、あがく彼の前にはただそれを見守っているしかないのだ。
手を延ばせばそれは、彼の自尊心を酷く傷つけてしまうことになる。
結果として、いつもどうにか這い上がってくる先輩を紫原はひたすら待っているだけだし、そうあるべきだとも思っている。


「…おこがましいよな。俺だって思うよ、」


どことなく力のない氷室だが、紫原はのんびりと構えることにした。


「ん…別にー…。…まあ、ってかそれも、正しいんじゃん?」


こうして、同じ学校で、同じ部で、スタメンで、Wエースなんて呼ばれてさ。


室ちん俺よりは弱ぇーけど、俺なんかより全然上手いし。頑張るし。
ゲームの立て直しとか上手ぃし。


俺、室ちんとバスケしてるの嫌いじゃない。


天邪鬼の後輩の、精一杯の先輩へのリスペクトだ。
それに氷室は気付くと思わず笑って、顔を押さえるフリをして、右目に浮かんだ涙を拭った。








「でもさ、」


今度は紫原が氷室に言う。


基本人や物は見下ろす位置に存在するため、面倒がってあまり見開かれることはない両目。
その淡いアメジスト色の瞳は切れ長の目によく映え、潤んだ氷室の視界にはキラキラと輝いて映った。
荒削りの、まだまだ原石。
今でさえこうなのだから、ましてやただ大きいだけの岩石だった頃、この才能を埋没させることなく見つけ出してきた彼の同輩、赤司のセンス、セレンディピティ―を思うと、ある種の怖さと底知れぬ尊敬と羨望の思いがする。


話下手な後輩に語尾を上げ、ん?と氷室が優しく聞き返してやると、両のアメジストは意外にもはっきりと彼の方を見据え、そしてこう言った。


「ギフトとかそーゆーんじゃなくてさ。…俺はさ、室ちんのリボンになら、なってもいーよ。」


「…?」


「だからさ、バスケとか室ちん、頑張るでしょ。…俺はそれ、頑張る室ちんの傍にいてさ、室ちんのこと飾ったげるよ。」


バスケすげー上手い奴の横にこんな大男だし。


超見栄えすんじゃん。


どんなん相手にしたって、見た目だけで俺ら勝ちっしょ。ビビらせてやれっし。


「アツシ…」


氷室としては、飾ってもらうなどとんでもなかった。
そんなことをしたら、大事な後輩の能力が霞んでしまう。
生まれ持ったせっかくの贈り物を、自分みたいな凡人の装飾品で終わらせて良いはずがない、と。


…だが同時に、嬉しくもあった。
装飾品なんて、口では言っているけれど、彼が言いたいのは恐らくそう言うことではないのだろう。
一つ下の、精神的にはもっともっと下に思える後輩が口にしたのは、先輩である自分への、そしてチーム全体への、…陽泉高校バスケ部への思いと自覚だ。
普段悪態ばかりが口をつくくせに、時折見せるこういう一面が可愛らしくて仕方ない。そしてつい甘やかしてしまうのだと以前岡村・福井そして劉が口々に言っていたのを思い出した。
普段から紫原には甘い氷室にはそのときはよく分からなかったが、今なら分かる。
そういう魅惑的なギャップが、この青年にはあるのだ。


「…何そのヘン顔…室ちんキモい…」


思わず緩んだ顔を無配慮に指摘され、一瞬ムッとしたが氷室はそれで構わなかった。


これがいつもの紫原アツシ。


この不遜な男こそ彼の後輩であり、チームメイトなのである。








その夜のこと。


いつもならふわふわとのんびりしているはずの電話口の紫原が、いつになく真剣だった。


京都はまだ暑く、秋の夜長には遠かったけれど、秋田の秋は冬も同然だと赤司に彼はまず訴えた。
基礎代謝は驚くほど良いのに紫原は昔から寒がりで、東北に赴いてそろそろ二年弱が経とうとしているのにそこは変わらないんだなと電話越しに赤司が笑うと、”赤ちん他人事だと思って〜”と返ってくる。
見えはしないが、恐らくふくれっ面をしているのだろうと思うと、可愛らしくて声に出さずにもう一度笑った。
聞こえてしまったら、きっと彼は機嫌を悪くするだろうから。
拗ねる紫原も赤司にとっては可愛らしくあったが、通話を切られてしまったら寂しい。


そしてやや唐突に、赤ちん、と彼は切り出した。


「昼間ねー、室ちんがまた変なこと言い出して〜、」


それから、かいつまんで話された氷室辰也とのやり取り。
成る程彼の先達の考えることも分からなくはないなと赤司が思いを巡らせる頃、紫原は電話越しの想い人に呼びかけた。


「でもねー赤ちん、…俺ちょっと思った。…俺はさ…、室ちんのリボンにはなれるけど赤ちんのリボンにはなれないなーって…。」


「…?」


彼は何を意図しているのだろう。それはどういう意味なのか。
紫原の真意を、赤司は計りかねていた。


…何せ、これまでも(赤司の方からやや一方的に)色々やんややんやあった氷室辰也のことである。
その彼の話題を持ち出して、悪戯に自分を嫉妬心に駆らせようとしているのか…いや、敦はそんなことはしないはずである…。
しばらく、口には出さずに赤司は逡巡した。


…赤司には、常に紫原の横に、前に後ろに立ち甲斐甲斐しく世話をする彼の姿が存在が、時に疎ましく思えてしまうのである。
遠距離ゆえ自分の方は中々紫原とは自由に会えないという歯痒さが手伝って、いつもではないが不意に、不安に陥って仕方がないのだ。
ましてや、彼の傍に在るその青年は赤司から見ても羨ましいほどの美形。陽泉高校随一の色男だというじゃないか。
性格こそ紫原の苦手な熱いタイプだけれど気骨はしっかりしているし、聞いたところによると多少気性は荒い様だが、そういった面はむしろ紫原と似通っているように思う。
180cm以上はあるようだし、紫原から見れば自分よりは話し易かろう。
考え出すとキリがないのだが…。


(…いや…。それにはもう…決着が…、)


ついているはずである。…いや、ついているのだ。
今年の春、高校二年に上がりたての頃…そう、大型連休の目前に。


"室ちん、俺今電話中だし。邪魔しないでよ。"


"ああ、ごめんごめん、…邪魔するななんて、相手、赤司くん?"


"だーかーらー、うっせーってば!!!"


特にきっかけなどなかった。
ただ、電話越しに聞こえた氷室の紫原とのちょっとしたやり取りがどうにも引っかかっていた…たったこれだけのことが、である。
だがそれが何分経っても何時間経っても何日経ってもも釈然とすることはなく。
とうとう考えすぎて眠れなくなるという人生で初めての経験を赤司はすることになったのだ。
何故こうも気になるのか、という疑問の答えにようやく辿り着いたのは、結局その後数日を経てからだった。


そうだ…紫原は彼の自室から電話をかけていたはずなのに。


(敦の部屋に、氷室辰也がいた…、)、


感じた違和感から生じ、あるいは脊髄反射からの警告、危機感焦燥感…赤司を苛んでいたのはそういったちょっとした嫉妬だったのだ。


こうして連日のもやもやの理由にようやく気付くことができた。…までは、良かったのだが…。


解決と運良く重なってしまったオフの日。今年のゴールデンウィークの初日のことである。


…赤司は秋田に突如赴いて氷室辰也に宣戦布告(まがい)をするという暴挙に出たのだった。








宣戦布告”まがい”…いや実際、それ以外の何物でもなかった。
あるいは、強がって見せる、幼児の喧嘩における勝利宣言にも近いそれだった。
しかし、勢い勇んで秋田にまで行ってみたものの、氷室という男はただ純粋に紫原のことを可愛がってくれていただけであったらしく…。
…結果として。赤司の焦りだとか不安だとかいうもやもやのベクトルは、完全に間違った方向を向いていたらしかった。
その後平謝りをした赤司を氷室は微笑んで許したが、あれは赤司にとって忘れたい、人生において今のところ一番恥ずかしい記憶である。


(…あれは、もう…)


しかし、赤司は首を横に振った。
そうじゃない、そうじゃない。
敦が言いたいのはきっとそういうことじゃないんだ。
だって彼は、無闇に自分を傷つけるようなことは言わないのだから。


生まれてからずっと、物心ついてからずっと、求めることが、手を延ばすことが苦手な赤司征十郎だった。
そんな貝に閉じこもったような自分を、紫原は大丈夫だよ、大丈夫だよとずっと声をかけ、優しく包み込んでくれた。
いつだって、誰より傍にいてくれた。
今でも戸惑ったり不安になったりすることはあるけれど、彼ら基盤となる部分で、深い深い心の底で、誰より彼を信じている。
そして、好いている…。


そこまで考えて、赤司は再び首を振った。
どうしよう、電話越しで彼には見えていないから良いようなものの、頬から耳から熱を持ってしまっているらしい。
少し。いや、かなり。恥ずかしい。


(赤く…なってる…///)


どころか、赤司の顔は真っ赤になっていた。
そういった諸々の事情から、先刻から黙ったままの赤司の様子を気にしているのかしていないのか、紫原の声は電話の向こうでひたすらのんびりと響いている。


「んー…だからねー…」


耳に心地の良いテノールが、今や恥ずかしさでいっぱいの赤司の蟠りをゆるりゆるりと解いていった。








「赤ちんはさー、俺がリボンみたいにラッピングでいなくたって、最強だし。」


「敦…」


「悔しいけどーすげーやだけどー、赤ちんの横にいんのはさ、今はそっちの連中だと思うし。」


…それは、少し、寂しい。


彼の名を呼んだきり口を噤んでしまったのは、持ち前の悪癖が出たからだ。
自分の、赤司征十郎の弱い姿を晒すこと。
それにはもう、一昨年の冬から抵抗はなくなっていた。
だが、それでもやはり、…依然として苦手なのだ。…求めることは。


(寂しい、敦、俺は、俺も、俺だって、)


(…敦に傍にいて欲しいのに…。)


そんなこと、言って、求めて、許されるはずがないと、まだ心のどこかで思ってしまう。


それに内心、彼の成長が少し嬉しくもあったのだ。
チームのことを考えられるようになった彼は、もう立派な陽泉高校バスケ部の支柱なのだろう。
ちくり痛む心と、胸がほんのり温かくなる親心と。
両方を抱えもつのは中々苦しいけれど。


その後も何も告げずにいる赤司に、紫原は一度言葉を切った。


(…赤ちん?)


(いや、なんでもない、)


そんなテレパシーが、1.4秒間の沈黙の間に交わされる。
赤司の戸惑った様子に完全には納得していない様だったが、紫原はその先を述べた。


先程、氷室と話していて思ったことだ。気付いたことだ。


氷室との関係、赤司との関係。


氷室への感情と、赤司への感情。


同じくらいの期間を共にしているはずの新旧チームメイトに対する思い、想い、その違い。


これからが、この話題の核心である。








ギフトラッピング


申し訳ございませんが紫のリボンは品切れでございます。


赤でございますか…?そちらの方も、大変恐縮ではございますが…。









「だって、俺は赤ちんが欲しいもん。」


ラッピングして、誰かにもらわれちゃったら嫌なんだしー!








(だからー、赤ちんはねー、誰にもあげねーの。)


(赤ちんはね、そのまんまでいーの。…俺が、もらうの。)


そう言ってけらけらと楽しげに笑う恋人に、小さく”バカだね、”とだけ言って、赤司も笑った。


京都に秋は未だ訪れてはいないけれど、これが今年初の秋の夜長になればいい。


頭上の星にではなく電話越しの紫色に、赤色はそう願った。





end.


2013.09.22.


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