ちくちく
赤ちんは、お菓子みたいなんだ。
マシュマロみたいにふにふにしてて、わたあめみたいにふわふわ、甘い。
口に入れると蕩けそうで、そんなことになったら困るから、ちゅーはちょっと控えめに。
(ううん。ほんとは。)
怖くって、(だって君のことを)、壊してしまいそうで。
恥ずかしくって、(だって君に触れたら)、いつもドキドキしちゃって。
(そんな、理由だったっけ。)
こしあんみたいになめらかで、つぶあんみたいな存在感。
お餅みたいなもっちり感で、苺大福みたいにイノベーション。
おまんじゅうみたいなふんわり感。黒糖の香りが素朴で上品。
まいう棒より多種多彩。
どんな味でも、不思議だな、全部そろって俺好み。
ポテトチップスだったらギザギザか、堅あげタイプの強いやつ。
ぱっと味が広がるうすしおも、香り高いコンソメも、
良いけど、君はね、のりしおタイプ。
噛めば噛むほど味が出て、風味が広がる。魅力的。
駄菓子…駄菓子???
だったら、うーん、さくらんぼ餅?
すっげー可愛いピンク色して、小っちゃいの(おっと!内緒!)、
理路整然と並んでる、君の要素って本当粒ぞろい。
板チョコだったらビターチョコ。
でも99%じゃなくて、ほのかに甘味が残るやつ。
カカオの風味が気高くて、それでも時に、慈悲深い。
チョコ菓子だったらアーモンドチョコ。
一粒に一粒ずつ、キリッと自己主張があるのがすごくかっこいい。
あ。でも、イチゴチョコも良いかなぁ。
甘いストロベリーの味と香りと、色と、
時々、つぶつぶのアクセント。
パウンドケーキなら洋酒がたっぷり。
蜜漬けのドライフルーツが口に優しい。
ひんやりスイーツなら、絶対プリン!
なめらかプリンじゃなくて、舌触りのしっかりした蒸し焼きプリン。
カラメルがほろ苦くって、一緒に食べると幸せすぎる。
ゼリーは固めの、でも、ぷるんって。
あったかスイーツなら、…焼きたてのアップルパイ。
シナモンの風味とちょっと大人なカルバドス。
バニラアイスのっけちゃって、黒ちんとコンボだね。
焼き菓子だったら、サクサクほろりの可愛いクッキー。
英字ビスケットと、昔ながらの堅焼きビスケット、これはどっちも君に合う。
ケーキは苺のショートケーキ。
てっぺんにちょんって乗ってる、イチゴが何とも凛々しいんだよね。
「 、 、」
ねえ、赤ちん、
「 、 ?」
俺の声は、まだ君に届いていますか?
「 、」
あの日から、赤ちんには、俺の声が届かなくなった。
それが俺には、苦しくて苦しくて、
(自業自得だろう?)
どっかで、誰かのそんな声が聞こえるの。
赤ちん、ねえ、ねえ、
ねえ、
「 、」
俺は、あれから、
甘いものが、苦くなって、
香り高いものが、無味になって、
マシュマロの歯触り、わたあめの口どけ、
こしあんの舌触り、つぶあんの口当たり、
お餅を噛んでるとき、飲み込むときの弾力と、
全てが、まるで俺を拒んでるように。
何の味もしなくなったおまんじゅう。
まいう棒って、どんな味がするんだっけ?
君と笑っていた頃から、食べてた種類の味が、しない。
新作はかろうじて。何かを、僅かに感じるんだけど。
のりしおの、海苔の香りが広がらない。
さくらんぼ餅の、可愛い色目が目に痛い。
板チョコはもう、全部、苦い。
香りなんて、感じる余裕がない。
細かく噛み砕かれたアーモンドが、口内をざらりと傷つけながら動く。
イチゴチョコのつぶつぶを、感じる度に吐き気がする。
パウンドケーキの洋酒の匂い、好きだったドライフルーツの触感。
気持ち悪い、気持ち悪い、
プリンの香りがえずかせる。
ゼリーが喉に引っかかって、飲み込むのだって大変だ。
アップルパイとバニラアイス。
シナモンの、バニラの、甘い香りが逆効果。
上手く唾液が出なくって、クッキーが、ビスケットが、噛み砕けない飲み込めない。
柔らかケーキの触感が、食道を通過するのが気持ち悪いよ。
あれから、お菓子を食べる度、
ちくちく、ちくちく、
俺の心を、刺していく。
ポテトチップスが、スナック菓子が、ほら、ちょっと口の中に刺さっちゃった、そんな感じ。
家庭科で、間違って針刺しちゃったみたいな。
口の中噛んじゃった、あの感じ。
ささくれが引っかかっちゃった、かさぶたが上手く取れなかった、
「あ、」っていう、感じの。
小さい痛みなんだ。
大きな痛みなら、俺は、お菓子を食べることを、止めたかもしれない。
(君が、君を取り戻すまでは、と、)
願掛けを、して。
…でも、…小さい、痛みなんだ。
それがずっと、持続する。お菓子を食べてる限り、ずーっと、続く。
だから、俺は、お菓子を食べ続ける。
…こんな小さな痛みじゃ、きっと、君が被った痛みに追いつくのは何年も先になってしまうよね。
でも、こうすることしか、もう…
俺には、出来ないから…。
「 、」
君に届かないこの声が、
(お菓子を咀嚼することで、その呟きも、いくらかは抑えられる、)
いつか、何年かかっても、良いから、
(…良く、ないけど、…待つ、から、)
ちくちく、ちくちく、
「 、」
俺の声は、きっと今日も届かない。
一噛み一飲み毎に、律儀に襲ってくるこのちくちくの痛みは、
(お菓子を食べる習慣のある俺に架された、この枷は、)
きっと、君に届かない、「 、」なんだと、思う。
「ごめんね、」
end.
2013.08.31.
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