僕から君たちへの、進級おめでとう。

見ようによっては緑→赤、緑→紫?
いえいえ紫赤が前提です(そんなに要素はないですが)。
赤ちんが心配なキセキ+α一同とキセキ+α一同が大好きな赤ちん。
…赤ちんは出てきません。










進級おめでとう


飾り気のないシンプルな単色封筒、さらにその中に入っていた便箋には、流麗な字でそう書かれていた。


もう見なくなって久しいが、それは馴染んだ友の筆。
パソコンで綴った何かの書体なんじゃないかと思わせるほど整然とした文字、いつも見惚れるしっかりとした楷書書き。
筆名こそないものの、その一筆一画だけで彼の顔を姿を声を仕草を、思い起こさせるのには十分だ。


ただの無地の封筒かと思ったそれは実は送られた者それぞれの色目で用意されていて、中の便箋は同じ色合いの花がワンポイントで入っている。
その便箋の可愛らしさといい小さなところに垣間見える気遣いといい、見ようによっては穏やかな女性からの手紙に思えるそれは、だがやはりそんなことはなく。
それは紛れもなく、自分たちの仲間から、ともすれば厄介な個性ばかりが立った自分たちを引き抱えまとめあげ頂点へと上りつめた彼からの、ささやかなはなむけの言葉だった。


進級おめでとう。


それに続いた言葉は皆少しずつ違った。








例えばパステルカラーの黄色の便箋には、


“年度初めから早速モデルの仕事も忙しくしていることだろう。出ている雑誌は意識して見るようにしているけれど、それでも思わぬところで目に触れる機会が増えたな。
…それはそうと、今でも仕事の関係で欠席がちなんだろう、何とか進級出来たのもお前のことを考えてくださる先生方や支えてくださる先輩方が〜…以下ごっちゃーっと”


例えば濃い目の水色の便箋には、


”こうして無事進級出来たのも、卒業を間近に控えなおかつ受験期の忙しい日々の時間を割いて後輩の勉強を見てくれた先輩方の努力の賜物であると思い、
これからの毎日も気を抜かず精進するように心がけ…とか何とかぐちゃぐちゃごちゃごちゃ”


「…2人とも、何で後ろの方ぐちゃぐちゃなんですか…?(ちゃんと言ってください、ためになること書いてあったんでしょう?)」


「そうなのだよ…高校生にもなって心配をかけさせるなど恥ずかしいと思わないのか、」


「だってよー。…何でお前らに赤司に叱られたこと一々報告しなきゃなんねーんだよ?」


「…そもそも叱られるような態度で暮らさなければ良いだけのことなのだよ。」


「はいはいちゃんと反省してるっスよ緑間っち〜!今年こそ出席日数ギリOKライン狙うっス!
進級判定会議は今度こそ卒業っすよ!」


「…きーちゃん…」


黒子も含め一応通じてはいたけれど、中学卒業を機に繋がったオンラインにこのメンバー全員が集まるのは初めてだ。


唐突に送られた便箋の最後に、皆総じてSkypeとだけ書かれていた。
注意して探していくと、文面の途中暗号のように日時が隠されていて、観察眼の優れた黒子、以下勘の鋭い緑間・桃井・紫原は委細なく承知したが気付いたが、青峰は桃井に教えられここへ参堂した。
結果自力でも他力でも探し出せないと思われる黄瀬だけが懸念事項だったはずだが、つい先日誠凛との練習試合のあった黄瀬は黒子から無事その日時を聞かされたのだ。
それは全くの偶然だったはずだ。だが、それすら赤司の思うように事が運んでいるようで、普通ならその天の瞳に薄ら寒く感じるところだろう。
けれど、このメンバーでは状況が少し異なってくる。代わりに少し、…胸が熱くなるのだ。
未来すら見通せてこそ(そんなことは実際出来ないのだけれど、そんな錯覚を覚える)、それでこそかつてのそして永遠の、自分たちの主将赤司征十郎なのだと。


だが、この日この時刻この場所に、赤司の姿だけが何故か見受けられない。
彼の声だけが聞こえない。
その事実に、今までログインのみで沈黙を守っていた紫原が口を開く。


「ねえ…何でこの企画、企画と主催が違うの?」


「え?むっくんどういうこと?」


「手紙赤ちんからだったけどさー…これ出したのみどちんでしょ?」


消印東京だったよ、と。
未だ感性の際立つ子供脳を持った大きな幼児はどこまでも鋭くて、さらに赤司関係のことになるとそのスペックは第三世代だの4コアだのを軽く超える。
しばらく沈黙を守った緑間は、はぁとため息を一つ吐くと、ようやくそのいきさつを吐露した。
そのことに関する文面は全くなく、自分たちあてと思われる7色の封筒(切手は既に貼られていた)が送られてきたという。


「赤司の意図は分からないが…とりあえず送れということなのだろう。」


俺はそれを酌んだまでだ、という緑間に黄瀬は賞賛の声を上げる。


「さすが緑間っち!俺なんかファンの子からの手紙と一緒に溜めておいちゃいそうっス!」


実際ファンレターって派手なのが多いから、こういうシンプルな方が目に留まりやすいからって、狙ってやってくる子とかいるんスよ〜まあ文面一緒なんスけど。


自慢なのか無意識なのか、青峰が聞いてねえよと一蹴すれば途端に悲しそうな声を上げる。
それがキュ〜ンという犬の甘えにも聞こえるから未だわんこわんこと言われ続けているのだということに、彼が気付くのはきっともっとずっと先のことだろう(もしかしたらこのまま気付かないかもしれない)。


「…は、良いから!で、何で赤ちん今ここにいないのとか、思わないのみどちん???」


対人スペック低すぎだし!いい加減にしてよこのコミュ障!


酷いことを臆面もせず堂々と言い切る紫原の癖は未だ健在で、緑間以外のメンバーはSkype越しに苦笑いを浮かべる。
さてしかし当の本人緑間は、特に気にすることもなくはぁとため息を一つ吐いただけだ。


桃井・黒子も含めキセキのメンバーを集めたとき、実際一番大人なのは今も昔も緑間で、彼は紫原の性格習性概ね把握している。
横柄な物言いも不躾な態度も、それが紫原のものであると思えば全く気にはならないのだ。
この日Skype越しに久々に繋がった先の紫色は未だ幼児の物言いを湛えていて、それを心中で実は少し嬉しく思っていた。
否応なしに成長していく思春期の自分たち、そこに垣間見える面影はとても貴重で大切なものだ。
相手の心にぐさりと突き刺さりそうな鋭い悪態も、切り込んでくると見せかけて実はままごとの包丁程度の威力もない。
加えてそれを彼に言わせているのが何なのか、虚勢か恐怖か戸惑いか、はたまたそれが本心か。
的中率は赤司にはまだ敵わないけれど、見抜くことなど造作もない。


(今は、単純に赤司の声が聞こえないことへの不安、か…)


世界が赤司で出来ているような紫原にはそれはそれは不安でたまらないだろう。
落ち着けという方が無理な話だ。


緑間も、やはり赤司のことは気になった。
手紙が着いて以来赤司とは連絡が取れなかったからだ。
単純に練習に勉学にと学校生活が忙しいということだろうとは思うけれど、やはり不安には思っていた。


(赤司…、)


結局どう対処すれば良いかも分からないままこの進級おめでとうの集いを迎えてしまった。
…が、実は中々のメンバーが今ここに揃っているのだ。緑間がそれを心底救いに思っているなど紫原は考えもしないだろうが。
…赤司のことに関してこれ以上把握している者はいないと言える紫原、他者を精確に把握し優しく思いやれる桃井と黒子、世間慣れした黄瀬もいる(青峰のみこの件に対して何か足しになるとは思えないが)。
紫原曰くコミュ障である自分だけでは対処を誤ったかもしれないが、皆で考えれば不安はない。


(皆で考えれば、…か。)


中学の頃は、ほぼ全てを赤司が考え、自分は修正と補佐をするのみだった。
周りのメンバーにしてみればそれこそ赤司に支えられ続けた2年間3年間だったが、そういえば昔何度かこういう機会を持ったことを緑間は思い出した。
あれは赤司の誕生日だ。
日頃気苦労の多い赤司を何とか喜ばせたいと、皆で企画したことがある(隠し事が苦手でそわそわする紫原を当日まで落ち着けるのに必死だった)。
あのときの作戦会議にこの会はとても似ている。


都合、赤司がこの会にログインしてきたならそれで良しとする。
またはそうならなかった場合、彼の件について頃合いをみて相談してみようと思っていたが、最初に紫原から水を向けられたとあって、大分話題にしやすくなった。
緑間は一呼吸置いてどうすればいいのだよ、と素直に紫原に語りかけた。
きっと彼は答えをくれるだろう。
あのときだって、


(俺さー…)


(赤ちんに、ゆっくり休んでほしいんだよ…)


監督に頼み込んで(あろうことか土下座までしたのだあの幼児が!…これは、彼との友情にかけて、赤司だけには一生伏せておくと取り決めた事実だ)、たまたま休日だったその日、朝練から午後練と予定されていた部活を丸々一日休みにした。
そしてタイムテーブルを作って、皆で相談して書き込んだのだっけ。何時にどこにお昼に行く、何時までは昼寝、何時にどこへ。
…そんな予定の決まった一日では、ゆっくり体を休ませることは出来なかったかもしれないけれど、紫原の真剣な気持ちは、自分たちの想いはきっと一直線に伝わったはずだ。
思い出す、いつかの赤司の誕生日。
今よりもっと子供だった自分たち。








しばらく黙った紫原は、唐突にぽつりと結論を口にした。
彼にしては小さい声だったのだが、反論の余地を与えない、そんな物言いだった。
譲れない絶対に譲らない、と主張する声音。


だが内容はあまりにも現実離れしていて、緑間も思わず否定する側に回った。


「みんなで京都、行くし。」


真っ先に否定を口にしたのは青峰だったが、そこに小競り合いが勃発する。


「何いきなり訳わかんねぇこと言ってんだ…無理に決まってんだろんなの。」


「無理じゃねーし!むしろ皆のが訳わかんねーしっ…何でわかんねーの???赤ちん、きっと寂しいんだよっ!!!皆に会いたいんだよっ!」


これがオフラインなら、互いに掴みかかっていたところだろう。
Skypeの良さは、実際手が出せないところにもある。


「寂しかったら寂しいっつーだろーが!幼児かあいつは…お前じゃあるまいし!」


「そーっスよ紫原っち。大体あっちにはあっちの知り合いがいるだろーし、」


「あっちはあっちなの!だからこっちはこっち!他には!!??」


どうやら、紫原は反論を全て潰していくつもりらしかった。
黒子と桃井が何も口を挟まないのは、紫原の提案を受け入れているからなのかこの喧噪にしばらく入らないつもりなのか。
そんなことを考えていたら、いつの間にか丸め込まれた黄瀬が下がり青峰だけが紫原と言い争いを続けていた。
紫原は、先ほどよりさらに進んでゴールデンウィークに行く、と期日まで決めそうな勢いだ。


「会いに行くっつったってお前が赤司に会いたいだけだろーが!勝手にしろよ!」


「はァ?何ソレ訳わかんない!俺だけ会いたいんなら赤ちん俺にはそーゆーし!違ぇの!赤ちん、皆に会いたいの!…言わねーの…言えねーの…。言えねーんだよ、そゆこと、赤ちん…寂しいとか…、」


「っ…だからってな、んないきなり金ねぇよ、」


「…何とかしてよ!峰ちん東京じゃん、どっかのゲーセン浚って、崎ちんでも捕まえてタカれば良いじゃん!つーかついでに崎ちんも連れておいでよ皆で行くんだし京都!」


「(灰崎酷ぇ言われよう…)おまっ…なあマジなの?京都とか本気お前マジでそれ言ってんのかよ???」


「マジだしっ!赤ちんとこ行かなきゃ…ダメだし…」


後半、語尾はほとんど聞き取れないくらい小さくなってしまったが。
決して折れたわけではないだろう、恐らくインカムのマイクを覆って、嗚咽のように聞こえそうな呻きををかみ殺しているのだ。
普段から決して理性的とは言えない紫原だが、赤司関連のこととなるとさらに見境がなくなるのはいつものことだ。
後先考えず口に出してしまったものを、引っ込めることも出来ずに立ち往生してしまっている状況、戸惑う表情が目に浮かんでくる。


やれやれと緑間はこの日三度目のため息を吐くと、首を左右に少し振った。
この仕草さえ、見えてしまえば紫原の機嫌をさらに損ないかねないが、声だけの繋がりであればその心配はない。


そこで、はたと気付いた。


見えぬ関係の便利さと、潜む偽りと隠し事。
オンラインでの交流ならばいつでも可能だ。
このメンバーでその場を有してはいないが、LINEで繋がることだって容易い世の中。
ごくごくアナログな手段として、今回赤司が選んだ手紙でもいい。
だがそのうちのただ一つとして、相手の顔が見れるものがない(自室にPCを持っていない者3人に寮生が2人(赤司は寮の自室にPCを持ち込んでいるはずだが)。
ならば携帯端末をと考えても、テレビ通話など出来そうにない旧式のガラケー所持者が2人というこのメンバー構成では、ライブチャットも出来そうにない)。
寂しい顔、悲しい顔、嬉しい目、沈んだ瞳、声とは普段雄弁なものなのに、時として大事な情報を隠し正確には伝えてくれない。
文字ならばそれはもっと顕著なのだ。


今回紫原以外自分たちの誰も気付かなかったけれど、突如訪れた”進級おめでとう”の文字が彼の寂しさの表現だと言うのなら。
会いに行きたいと思うのは何も紫原だけのワガママではない。
ここに集った皆の総意のはず。


(仲間だから、な。)


人一倍個性の強い自分たち、そして人生で最も短く濃く煌めいた日々を共に歩んだチームメイトの”叫び”、”声”。
それを無下に出来るほど見てみぬふりが出来るほど、高校2年生というのは大人ではないし社会を知ってはいない。
いきなり思い立って友の元に参集するなんて確かに常軌を逸してる。
だが既成概念と常識に正面切って抗うことができるのは今のうちだけだ。
身を壊さぬ程度の無茶はたまにはするものだと、赤司も前に言っていたじゃないか。


「紫原、」


「やーだーっ!!!」


緑間の発言を、やはり青峰に被せての否定だと判断した紫原は駄々を捏ねる子供のように声を上げるけれど。


「落ち着け。さすがに連休いきなりというのは不可能だ。京都は観光地だし移動する人手が多すぎる、それに連休を使って合宿でもしていたらどうなる、」


と、そこで会話を止め一呼吸置くと間を置かず「ヤだ、」と、今度は弱々しく響いてくる声。
ここまで強情になるということは、あの手紙から、紫原にだけ何か通じるものがあったのだろう。
紫原だけでは事足りないと思わせる何か。


愛情と友情は違う、と現チームメイトは緑間に言った。


(友情で愛情は補えるかもしれないけれど、愛情で友情は補えない。)


…それならば、今がそうなのだろう。


そして赤司の鬱屈した心持ちを敏感に感じ取った紫原は、何が何でもキセキ黒子桃井、全員引き抱えて赤司に会いに行くつもりだ。
会って何をするのだろう。…いや恐らく、それは問題ではないのだろうな。


「とにかくゴールデンウィークなどと突拍子もないことを考えるなバカめ。」


「おーおーもっと言ってやれ緑間―。」


「ちょっと大ちゃん黙ってややこしくなるでしょ!」


「やーだーっ皆で赤ちんとこ行く!!!」


「紫原くん声大きいです…耳痛いです、」


「んー…確かに撮影ない日もあるっスけど〜。」


「うるさい!聞くのだよ!」


カオスに陥ったSkypeについ声を荒げると、急にシンとする室内。
沈黙に耐えかねた黄瀬が「えーと、」と戸惑いがちに言うのを耳に、緑間は続けた。








「連休は人も多い。今からでは電車のチケットだって満足には手に入らない。さっき言ったように、連休であれば小合宿を行っている場合もある。」


「…みどちん、…」


(何をそんなに泣きそうな声を出しているのだよ…)


せっかく赤司に会ったって、お前がそんな様子じゃあいつは喜ばないのだよ。


「行くぞ、京都。」


だから、笑え。…いつものようにバカみたいに。


「え…」


「おい、緑間―…」


「ただし。」








いつだって万能の赤司、彼を欠いた状況で、自分たちだけで考えたこの結果。


赤司の考えたことではないのだから、どうなるかなんてわからない。


だが、意外にも何とかなりそうな気がして。





「ただし、今週末なのだよ。」





言った自分の声は心なしか少し弾んでいるように聞こえた。


「ゴールデンウィークに被る前に、さっさと会いに行くのだよ!」








(ああ、後先考えなくこんなことを決めてしまったのだよ赤司。)


そっちに行ったら、きっと詳細まで事細かに紫原が説明するだろう。


それを聞いたら、それを聞いたら…、


どうか、いつものように、不敵に笑い飛ばしてほしい。








俺たちからお前への、進級おめでとう(なのだよ!)








end.

2013.04.21
緑間って本当に本当にイイオトコ…。


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