自信なんてありません。

「お前のせいなのだと思うのだよ。」


寝つきの悪かった午前1時。これまた悪いことにいきなりかかってきた電話に起こされてしまい、寝ぼけ眼でディスプレイを見ると”緑間真太郎”。
彼から電話など一体何事かと出てみれば、開口一番そんなことを言われしばし止まる。









「は?」


彼から電話など、部活関係以外では初めてなのではないだろうか。
深刻な内容かと一瞬心配した自分はなんだったのか、いきなり批判されて面食らう。
大体主語が欠落しているから、何のことについて自分のせい(だと彼が思っている)なのかも分からない。
眠気によって上手く呂律が回らず、自分の口調に思ったほどの辛辣さは含まれてはいない。
だが、起こされた挙げ句に突然訳の分からないことを言われ、内心は怒りの気持ちでいっぱいだ。


(何なんだし…。)


口に出さず心の内で呟くと、すっかり覚醒しつつある体を起こしそのままベッドに腰掛ける。
電話の向こうでは、おは朝ラッキーアイテム妖怪が未だ訳の分からない文句をぶつくさと続けている。
完全に管を巻いている。
…みどちん、お酒でも飲んだんじゃなかろうか?そうでもなければ洋酒の強い菓子でも口にしたか。
まあどちらもなさそうな選択肢なので頭の片隅に置いておいて、ふあぁと欠伸をすれば”おい、聞いているのか”と電話口。
はいはい聞いてますよという意味合いを込めて”んー”と曖昧な返事をすれば、電話の向こうの緑間はため息を吐いた。


(あ、みどちん1個しあわせのがした。)


言えばうるさいのだよ、と言われそうだからやめておく。


それにしても何だというのだろう。
聞けば、”お前が上級生にため口で話していたせいで、俺まで最近敬語が危うくなっているのだよ。”。
…いやいやいやみどちん何それ。今まで普通に敬語使えてたじゃんか。何その言いがかり。
いよいよ頭が痛くなってきて、あのさぁみどちん…と切り出すと電話の向こうの彼は予想通り素直に黙った。


「そんなことで電話かけてきたの…?」


「…ふん。そんなわけないだろうがバカめ。」


「気付いたんだからバカじゃないよね(まじでひねり潰すよ…?)。…で、何なの?何かお話?」


しばらくの沈黙は、心地よいので急かさない。
再びうつらうつらし始めた自分の思考を、彼が持ち出す”赤司が”という一言が引き戻す。


「っ何?赤ちんが…何?」


「(お前は本当に…)…寂しいらしいのだよ。お前が足りなくて。」


「…」


そうだ。先日、電話口で些細な口論になったのだ。
他愛ない痴話げんか程度のそれだったけれど、それから連絡を取っていない。
そもそも週に一度程度の電話だから、後数日はかけなくても別段おかしくはないのだが。
それを押してまで緑間に相談までするということは、何かあったのだろうか。
彼が心寂しく、心細くなるような何かが。
途端に心配になって時計を見上げると、午前1時4分。さすがに電話もメールも憚られる時間で、だが一度生まれてしまった心配はじわじわと増していく。
このまま夜明けを待って赤司の目覚めるタイミングで電話をしようか、と思ったがすぐに考え直す。


(…いや…それは可哀想だし…。)


男子高校生にしては珍しく低血圧な赤司は朝が極めて弱い。
朝一での電話は彼にとって迷惑になるし、彼自身の頭がまず活動していないはずだ。
メールを送って夕方かけなおそうか?と色々考えを巡らす。


「…うぅ…。」


…が。そこでふとある考えに行き当たり、思わず呻いた。
やっぱり、こちらから連絡するのはやめておこうか。
…別に自分からの連絡など、赤司は待っていないのかもしれないし…。


「…別にさ、…大丈夫なんじゃない?だってそー言ってみどちんに寂しいーって言える元気あるわけだし?
むしろそこで俺に連絡してこないってことはさ、それ口実にみどちんとお話したかっただけかもじゃん…。」


思わず拗ねた口調になってしまうのを我ながら子供っぽいとは思う。だが思い付いてしまった以上、その思考から離れられない。


自分に比べたら、遥かに赤司と話が合うであろう緑間。
いくら口論になったからといっても、自分が赤司からの連絡を拒絶するわけはないのに。
それを分かっていながら赤司はわざわざ自分ではなく緑間に連絡をし、あまつさえ自分と口論したというその状況を説明しているのだろう。
稚拙な嫉妬心と分かってはいるもののやはりそんな風に考えてしまうのは、赤司を本当に本当に好きだからだと心の中で言い訳をする。


本当は、緑間ではなく自分に連絡してほしかった。
寂しい、などと言わなくても良い(それを言うなら、自分だって寂しい)。
この前のことを謝れ、そうしたら許してやる…そんな虚勢を張ってくれても良かったのに。


すると、しばらく無言だった緑間がはぁぁとまた一つ大きなため息を吐いた。
彼の表情は想像がつく、目を閉じて眉を顰め、眼鏡を外している頃だろう。
目頭を押さえるためだ。


「お前、本気でそんなことを言っているのか?赤司の気持ちは誰よりお前が一番分かっているのだろうにまたそんなガキのような嫉妬を…。」


「別にみどちんに何て思われてもいーし!(ガキじゃねーし!)
赤ちんはきっとみどちんとお話したかったんだから、それでいーし。
別に俺関係ないもん。巻き込まないでよ。」


「紫原…。」


今度こそ呆れかえった、という口調で緑間は呟いたが、ふと思いついたようにその声音を変える。
それがいつになく(彼の場合はいつでもそうだけれど、特に)真剣なものだったから、思わず彼の言葉にいつも以上に耳を澄ます。


「じゃあ紫原。俺が赤司をもらっても良いんだな?」


「は?何言ってんのみどちん。あげないよ。ていうか赤ちん、ものじゃねーしそういう言い方やめてよ。」


「だが暗にそう言っているのと同じだ。可哀想に、ちょうどお前が足りないと寂しがっているところだしな。
その隙間に入ることなど俺には容易いのだよ。…色々な面で、お前よりは赤司にふさわしいしな。」


最後の発言には痛いところを突かれ、ぐっと息をのんだ。そうでなければ、情けなく呻いていたところだ。
たまたま視界に入った時計をキッと睨み付ける。
姿の見えない電話の相手は、あの時計のように精確に3Pシュートを決める大人びた同級生だ。


「どうした?言葉も出ないとは、情けない奴なのだよ。」


「ふっざけんなし!いーじゃんやってみればっ?優しい顔して優しい言葉かけて、俺の代わりに赤ちんに近づいてみりゃいーじゃん!俺から赤ちん奪うとか、赤ちんの気持ちみどちんに向けさせるとか、出来るもんなら、」


「…」


「…」


「…おい、」


出来るもんなら。
そこまでは勢いで口に出したものの、後の言葉が続かない。
当たり前だ、…本気で緑間に赤司を奪われに来られたら、自分は…勝つ自信など。


「…やっぱだめ…みどちん赤ちんに手出しちゃヤだ…。」


「紫原…、」


先ほどから呆れ口調の緑間が、もはや憐れみを含んだ声を出す。


…何と言われようが、こればかりは仕方ない。
考えれば考えるほど自分と赤司は不釣り合いで、緑間の方が余程彼のことを案じ気遣い彼を支える存在になれる。
そんな気がしてしまうのだ。


「紫原…、」


すっかり沈んでしまった自分に、緑間はゆっくりと諭すように呟く。
そこにいつもの辛辣さはなく、憐れまれた気がして余計に悔しかったが。


「そこは、やってみろ、で良いのだよ。」


「っヤだし…そんなんなったら、赤ちん、みどちんの方行っちゃうもん…。」


駄々を捏ねる子供のような口調にも、緑間は優しく言う。


「行くわけないだろうが、…バカめ。少しは自信を持つと良いのだよ。」


「みどちん…。」


あいつが選んだのは、お前なんだから。


はっきりとそう言い切って。


深夜1時過ぎに突如としてかかってきた電話は、これもまた唐突にふつっと切れた。








時刻は午前1時20分。


「バカめ…。」


全く、紫原には呆れたものだ。
あんな風に、あんなにも、赤司に好かれ求められているというのにその自覚がないとは。


「…」


紫原に言ったことの、どれくらいが本心なのかは分からない。
自分とて。自分とて赤司に、少しならず惹かれているのは紛れもない事実だ。
機会があれば、と思う気持ちもなくはない。


だが、やはりどうあってもそれは出来ないのだ。
現時点…だろうがこの先どれだけ時間が経とうが何が起ころうが。
自分に赤司の思いを向けさせること、いや、”紫原以外の者”に向けさせることなど、出来はしないのではないだろうか。
緑間でさえそう確信しているのだから、本人にその自覚があって良いものだと思うのだけれど。


「全く…。」


時刻は午前1時20分。
緑間は呟く。


「損な役どころなのだよ。」







「赤ちんおはよ〜。秋田晴れだよ。でも寒いよ。
そっちは晴れてるかな?


まだ微睡んでておっけーな時間だよね。まだゆっくり寝ててね。
読むの、しっかり目が覚めたらで良いからね。
別に昼でも夜でも明日でもいつでもいーし。


…この前の、ごめんね。
意地張って、赤ちんに意地悪なこと言っちゃったね…。
本当に、ごめんね。俺が悪いんです。


また、電話してもいーい?
…じゃなくて。…するし…。
留守電でもいいから、赤ちんの声聞きたいし。
うん、留守電でも全然いいし。
…ちょっと寂しいけど。
うん…またね。

p.s. みどちんってばほんとイイオトコだよね。
…赤ちんが取られないかってちょっと心配。」


起き抜け手にしたスマホを充電器ごと布団の中に引っ張って、


赤司はベッドに寝転んだまま、通話ボタンをタップした。


「ぁっ、し…ごめん。…ぉ、はよう…。」


「っ!もしもし赤ちん???ん。…んーん、ちげーし俺が悪いの。ごめんね。…おはよ…ていうか赤ちん、まだおねむだね…(可愛い///)。そんな今無理しなくても…後で俺、」


「ぅん、ぁたぁとでな。…ぁっ、し、」


「ん???(無理しちゃだめだよ、もうちょっと寝てよう、ね?)」


「ぁいすき。ま、たね。ぉやすみ。」


「(赤ちん〜〜〜///そんな状態で朝練は行かないでね〜〜〜!!!)」


end.


何だろうこれ(笑)。
少なくとも言えることは、限りなく俺得。
そして緑間はイイオトコ。なのだよ。
寝起き赤司が可愛すぎる…。



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