NOVEL | ナノ

 愛情表現

前戯が長いと叱られた。精確には、気にされた。





君が気にして仕方ないそれは僕にとっての愛情表現





女の体じゃないから、やはり、と。若干思い込みの激しい恋人は一度考え込んでしまったらループから中々抜け出してくれないので、大抵のことを気にせず煩悶することの少ない紫原にとって、時に赤司はたった一つの悩みの種となる。
そもそも、ひとたび寝肌を合わせれば触れ合わなかった部分などないほど、それこそ眼球とこちらも特異に赤い下の毛の部分だけ(ここだけはどうしても擽ったいと赤司が嫌がる)であり、残る部分は余すことなくひたすら愛しているというのに、一体何がやはりだというのか。

普通の女の子よりは背は高くてその点だけは紫原とは釣り合うかもしれないけど、女性のような膨らみがない胸だとか筋肉ばかりで硬い体だとかそういったことから流れるように語られ始め、最後に”女の体ではない”落ち着くのだ。…要はその、紫原を受け入れる際のその”受け入れ先”の問題だと持っていく赤司に、紫原は何度戸惑いのため息を吐いたか知らない(不安な、心苦しい思いなど微塵ほどにもさせたくない。だが、赤司の懸念を打ち消すだけの言葉の力を未だ紫原は発揮できないでいる)。さらに今日はいつもより落ち込みの度合いが激しくて、一際下げられた肩自信なさげに寄せられた眉根にこちらまで不安になってしまうのだ。
だがここは一緒になって深みに嵌っていくわけにはいかない場面、そう心を奮い立たせて崖の淵へと膝立ちになる。ここはぐっと堪え、思考の割れ目へと沈んでしまいそうな赤司の手を掴みこちら側へと引き上げるのが紫原の役目だ。
その役目を遂行しつつ(具体的には赤司の体を背後から易々と抱き込んで)、ぽすんと自分の前に収まった彼の髪を撫でた。赤みが差した頬に頬を寄せ、甘えるふりをして甘やかす。そのうちに段々と落ち着いた赤司がくすんと鼻を鳴らすのを聞いていたら、赤司の目元に持って行った手に濡れた感覚。零れ落ちるそれを掬うでもなく目元を拭い、よしよしと額と髪の生え際を撫で擦った。

気持ちよさと未だ彼を支配する心の中のモヤモヤが拮抗しているようで、赤司は何とも戸惑った視線をしているはずだ。後ろから抱き込んでいる姿勢の紫原に赤司の表情は見えないが、仕草と息遣いで彼の様子は大体分かる。
戸惑うのならその戸惑いも、悲しむもならその背負った悲しみも全て、正の感情はもちろん負の感情ごと共有したい。元々オープンである自分は問題ない。もし赤司にそれを晒すのが難しければ…いや、確実に難しいだろう誰かに頼り手を延ばすのを良しとしない孤高の気高さと強がりは赤司を構成する要素の一つだ。それは軽減していくことでも改善していくことでもあるのかもしれないが、今では紫原はそのままでも、強がりでギリギリの部分で甘え下手な赤司でも良いと思っていた。だってそれは、これまでの十数年間を通し立派に赤司の一部として、彼を支える一要素であったのだから。
だからこそ紫原は赤司のふと消えた崖に膝立ち、自分の方から手を延ばす。あとは彼が手を握ってくれるだけで良い、彼の方から延ばせなくとも、こちらから何度でもアプローチをするつもりだ。…それでいつか、いつか赤司から手を延ばしてくれるというのならそれは間違いなく素晴らしいことではあるけれど今はまだそれを望む時ではない。
彼の悲しみにそっと寄り添い、赤司の小さな体をこの身に抱き込んで大丈夫だよと告げることが出来る幸せを、紫原は確かに噛みしめている。

「あーかちん、甘えんぼちん。」

「…」

揶揄ってみるが言葉での反応はなく、代わりに後ろへとぎゅっと身を寄せてくる。その行動での返事に気を良くして、頬を赤司のぴんと跳ねた猫っ毛に摺り寄せる。香る赤司の匂いに目を細めながら、赤司の肩を撫で擦る。

「…」

「心配になっちゃったの???何か俺、嫌なことしちゃった?」

だったら謝るよ、ごめんね。そう言ってはみるものの、反応はない。…もっとも、紫原にも赤司の言いたいことなら既に伝わっている。それが今のこの状況の根源なのだ。
数分前に、精一杯の努力をして、顔を真っ赤にして告げてくれた懸念をまだ紫原は忘却の途には着かせていない。

(不便、だろう…?)

戸惑いがちに、だがはっきりとそう打ち明けてくれた。
女性器でない赤司の受け口。
清潔ではないし締め付けもきついし自然には濡れてこない。

「…受け入れる準備が、容易く出来るわけじゃ、ない…たくさん、その…」

慣らさなくてはいけない。とても長い時間をかけて慎重に。念入りに。
赤司が言葉を震えさせながら、また震えながら伝えてきたのはそういうことだ。そんなことを言い始めたら、女の子の体だってあらかじめの準備は必要なのだし(伊達に何人も兄がいる環境で育ってはいない。付きあったのは、もちろん寝肌を合わせたのは赤司が初めてだけれど、それなりの知識は持っている)、確かに自動的に愛液に濡れると言ってもそれだけをあてにして行為に及ぶことは出来ない。例えば睦言も前戯もなしに急に裸にさせ(パンツを脱いでもらうだけで事は足りるが)いきなり突っ込んだりしたら確実に傷つけることになる。そんなものは完全なレイプだ。
…赤司がそれを知識としてでも知っているか知らないかは分からないが…。

(んんん…どーしよっかな…)

紫原としても、その返答には困ったところだ。
実際長い時間をかけて慣らさなければならないのは、赤司が男だからではなく仮に女の子が相手でも恐らくそうなる確信がある。元々この身長に見合っただけのものがあるのだから、体の中の存在する穴には(…例えどっちだって。口ならまあ何とか可能だが)そもそも何もなしには入らない。絶対。
かといってそんなことを伝えてみたところでますます赤司の機嫌は悪くなるかもしれない(女性と経験があるのかと疑われる、または女性と経験もないのにどうして分かる、と詰問される)。
…ここは慎重に言葉を選ばなければならない…と思った。が、すぐに思い直した。

無理に取り繕うことなんてない。それこそ赤司を傷つけることに他ならない。
だとすればもう素直に全て伝えてしまおう。紫原は思った。それは少し、紫原自身には恥ずかしい面を晒すことになるのだけれど、それでも良いと思った。赤司だって、弱い姿無防備な姿を自分だけには見せてくれている。その姿を散々目にしながら、いざ自分だけ取り繕おうなどとは愚の極みというもの。
よし、と意を決し、紫原は赤司を抱き込む腕に力を込めた。ぎゅーっと音がしそうな腕の中で、だが赤司は全く窮屈そうではなく、むしろ体を摺り寄せてきた。

「もし赤ちんが女の子でもさー…色々準備は必要だと思うよ?レイプになっちゃう。」

「…そんなの、」

「ん。そーだよ、赤ちんも俺も知識でしか知らないけどさ…でもさ、セックスって、そーじゃん?
そりゃあさ、究極は気持ちよくなったり赤ちゃん作ったりだけどさ、…もっとこう…なんだろ…そーゆーお互いの体気遣ったりさ、思いやったり、大事にしたりって出来るようになって初めてするもんじゃん?」

第二次性徴を迎えたから自動的にはい、どうぞと出来るようになるものではない。
それはきょうだい、特に姉から言い聞かされていたことで、刷り込みのように紫原の頭にあるものだ。どんな技能よりどんなプレイより鮮明かつしっかりと、本能にまで刷り込まれたセックスにおける基礎知識。こんなところで役に立つとは思っていなかったけれど。

「…俺は、赤ちんのこと、大事にしてーし。大事にしたいなーって、撫で撫でしたり口じゃないとこにちゅーしたり、めちゃめちゃ可愛がりたいなーって、思ったから、…ん…と、…しよー?って、したいなって、お願いしたんだし。」

「…」

腕の中、抱き竦められたままの赤司からの怪訝そうな息遣い。
そうなのか、と言外に伝わるそれに苦笑いをする。そうか、自分にとってはこんな簡単なことも赤司には伝わっていなかったのか。それならば、今談義は大いに意味のあるそれだということになる。
赤司に、改めて自分の気持ちを伝える良い機会になった。

「そーだよ。…赤ちん超好きってムラムラーってしてるだけだったら、一人で考えて出来んじゃん。そんなのはオナニーで事が済むんだよ、赤ちん。物足んなかったら、キモチヨクなるどーぐはいっぱい売ってんだし。」

実際、赤ちんで抜いてたし。
…これはさすがに言えなかった(が、そこは察しの良い彼のこと、気付いてはくれただろう)。

「大事にしたいな、大事に出来る、そんで、赤ちん可愛がりたいなってなって、…お願いしたのー。そしたら、赤ちん、真っ赤で。」

髪の色に負けないくらい、真っ赤で。

「でも、いーよって、言ってくれて」

え、え、って聞き返す俺に、何度も言わせるなって、真っ赤で、赤ちん。

「え、マジで?すげーって…。…超嬉しかった。」

えへへー。当時のことを思いだすと自然に笑みが浮かぶ。
頬を擦り付けたままふにゃんと笑うと息がかかって、赤司が擽ったそうに身を捩った。

「敦…」

もう、大丈夫だ。自分の言いたいことは伝わった。
紫原はこうして今日もまた赤司を崖から引っ張り上げて、その頬に誓いのキスをした。
気付くと崖の側で危うい足付きをしている、全く危なっかしい姫君だ。
…とはいっても、何度でも、その身を引き上げる覚悟は出来ているけれど。

「…んん、それにさー…これ、言おうか迷うんだけど…や、…やっぱ、やめとこーかな…」

語尾がだんだん小さくなり急に及び腰になった紫原に、今度は赤司が詰め寄る番だった。
身を捩ろうとするのを分かった、言うから、恥ずかしーから前向いてて、と慌てた様子の紫原に、赤司はようやく笑顔を見せた。ふふ、と声を漏らすのを紫原は聞いた。

「…ん、じゃ、…言うねー…???」

赤司が息を飲む。

「ん、と…その前に…赤ちんさ、もし…慣らすの長いとか、気にしてんなら…赤ちん自分で準備してきてくれても、良いんだよ…?」

びくりと腕の中で赤司が身を縮ませる。それもそうだ、何度も身を重ねた今だって泣きそうに切な声を上げ、紫原に縋ってくるあの行為の前の絶対条件を赤司だけでやってこいなど鬼畜にもほどがある。
が、紫原の真意はそこにないのでそれはひとまず放っておく。

「プラグとかで拡げてきてくれてもいーんだよ。俺くらいのサイズのあるか分かんないけど…そしたら、ローションで濡らすだけで入るよ。」

プラグ、という言葉に咄嗟に家電製品のあれを想像してくれただろうか(イメージとしてそれは正しい)。もう一度びくりと震えた赤司の体をよしよしと撫で、ああ、イメージついたんだと悟る。

「…ぁつし…」

抱きしめた腕の中から泣きそうな声。
恐らく、そんなこと出来ないという戸惑いとでもそうしなくては嫌われるかも、面倒がられるかもという思いに苛まれ葛藤しているのだろう。その葛藤は早く取り除いてやりたいが、可愛いので後数秒は我慢してもらおうと思った。そしてそれは、恐らく後数分足らずで解消されるものだから。

「…でもさー…赤ちん、俺はね…それされてこられるの、ヤなんだし。」

「…?」

さあ、これからだと紫原は腹を括った。
自分の恥ずかしい部分、性癖を吐露する。それによって赤司が自分を嫌いになったり、見る目が変わったりするなどとは微塵も思っていないけれど、それでも引かれたりしないか心配だ。
だが、紫原は深呼吸をして意を決した。
これ程赤司が赤司自身をさらけ出してくれたのだ。それに自分も、精一杯応えてあげたい。

「ねー赤ちん…引かないで…って、無理かもだけど…出来るだけ、引かないで、聞いてくれる…?」

俺、今から超恥ずかしいこと言うから。

そう前置いて、赤司の返事を待たずに告げる。

「俺さー、体触んの、好きなんだよねー…すげー、好き。マジで。多分コレ、せーへきって言うの?…あ、誰でもって訳じゃないよ?…でも、好きな子だったら、そう。絶対。触りたいって思う。」

「…」

「…ごめん、引いた?」

「…いや…」

そんなこと、そんなことは。それに、自然体でスキンシップの多い敦のことだから、薄々それは分かっていたことだよ。
そう言いたげな赤司だったが、それを制して紫原は続けた。

「赤ちんのこと、触りたくてちゅーしたくて仕方ないんだぁ…髪もおでこもほっぺもお鼻も、首筋も鎖骨も、…手も、足も、手のひらも指も、腕の裏側とか太腿の裏側とか、おへそもお腹も背中も、もちろん、可愛いお穴の中もね。」

「…」

「…どんなとこも全部俺が触りたい、触ってたい。赤ちんの体ぜーんぶ。触ってっと、すげー安心すんだし…。」

「敦…」

赤司の鼓動がどくんと伝わってくる。ただしそれは紫原の発言に対する驚きや軽蔑からのそれではないようで、後ろから回した手にここへきて初めて赤司の方から手を添えられる。そっと、だが力強く触れられる手に紫原の方が安心させられてしまった。
いつの間にか紫原の体温が移り、抱き込む赤司がじんわりと温かい。

「俺にとっての一番の愛情表現ってね、赤ちん。…触って、ぎゅーってすることなんだよね。」

言えば、そっと重心が紫原の方へ寄ってくる。
ごそ、と身じろいだだけに過ぎないが、それが赤司からの不意打ちの”ぎゅ”なのだろうと思い至って胸が熱くなる。

「こんなこと言うとマザコンって思われるかもだけどー…、」

思われる、というか実際そうなのかもしれないが。
だから今気になるのは、それが母のいない赤司の心にどう響くのかということだけである。
不意の発言で、赤司に辛い思いをさせないか、いたたまれない思いをさせないか。
両の親が揃った、あまつさえ5人きょうだいの大家族ともなれば何から何まで赤司とは正反対だ。

「俺さー、きょうだいいっぱいいるじゃん?だからさー、ママちんをね、独占するのってとっても大変なの。いっつも何でも五分の一だったの。」

その五分の一程の愛情も受けてはこなかった赤司に言うのはどうしても気が引けて、今までは何となく言わずにきた。というより、別に言わずとも良かったのかもしれない。こんな前置きを省略したところで何か変わるというわけではない。
けれど、物心ついた頃から長く自分という人間を構成してきたそれだから、今ここで余すことなく愛する人に伝えておきたいと思うし、恐らく赤司は自分の思いを分かってくれるだろう。
過度の期待は油断を生み傲慢へと姿を変えるが、全く期待しない、求めないというのは恋人に対する冒涜だ。

その上でもし、彼が寂しいと思うなら、与えられ損なった絶対愛を求めるというのなら。自分がそれを与えるつもりだ。
絶対無比、神の愛とも称されるそれを。
彼だけのために、一生を懸けて。

何も言わぬ赤司の髪にもう一度頬を擦り付け、目を瞑った。視界が効かない瞼の裏、赤司の匂いに支配される。

「あの人すごくてー、一度に五人の話とか聞けちゃうんだよ。そんでさくさくって返事しちゃえるの。それも、聞いてなくて適当にとかじゃなくて、呟いたのとかぼそぼそって言った不満とかお願いとかちゃんと聞いててさ、それ、応えてくれんの。マジすげーって思う。兄貴たちも多分そう思ってると思うし…。」

赤司は、何も言わない。だがその息遣いから、先をと促されているのが分かる。
母のいない赤司…いや、片親でもかけられる愛情が足りぬということはないのだから、結局のところ彼が得られなかったのは彼の父からの絶対愛。
…その、親の愛を得られなかった赤司に告げる一言一言が跳ね返って紫原の心に刺さる。
だが今はその痛みを、赤司が触れて癒してくれている気がした。

「でもさー、それじゃ何か、ダメだったんだよね、俺…。…親ってさ、子供を皆平等に愛そうってするらしいんだ。でもね、子供はそれじゃヤなんだよ。すごい、ワガママに出来てるから。自分の方だけ見てほしいの、俺のことだけ大切にしてほしいの。」

「…」

「でもさ…ぎゅーってしてもらってるときとか、そうじゃないんだよね。話してるときと、触れてるときは違うの…だって一度に何人もぎゅって出来ないでしょ?その時だけは俺一人が独占出来るてんだって思って、…嬉しかった。」

兄貴たちじゃなくて、ねーちゃんじゃなくて。

敦だけに許された、敦だけの時間。

今でも、体の触れ合いは紫原にとって特別な意味を持つ。愛情という目に見えない感情の一系統を、肌で感じる形に具現化出来るそれはまさに最上の手段だ。
だからこそ、紫原の愛情表現はスキンシップである。まだ付きあう以前から、好意を持った段階で赤司に纏わりつき、直接的な肌の接触に馴染みのない赤司に無遠慮に触れた。
…そう、そこは今思うと配慮がないにもほどがあったと思う。事実赤司は他人に体を触られることが当時それほど得意ではなかった(というより、そのような経験に乏しかった)のだから。…向こう見ずというか何というか、無知というのは全く恐ろしいものだ。
ともあれ、初めの内こそ驚きと戸惑いを抱えていた赤司も段々と紫原からの接触に慣れていき、それを自然に受け入れられるようになっていった。今では赤司から求めることもあるほどだ…求めると言ってもただ彼の方から手を延ばしてくれ、手を握ってくれたり髪を頬を撫でてくれたりするだけなのだが、それを紫原は”求める”呼ぶ。
求めることが苦手な赤司からの、精一杯の接触と強請り。
重ねられた手、繋がった肌から移動してくる赤司の体温が、紫原の幸福感を満足以上の充足へと誘っていく。

「だから俺、今でもそーなの。…いつでも…セックスしてるときもそう、してないときでもそう。」

体の交わりがそこになくてもあっても。

「こうして、赤ちんに触れてると、すげー幸せなんだ…俺だけの赤ちんだって思う、思っちゃうってか、思えるって、言うか。…分かってるし、赤ちんが俺のこと好きって思ってくれてて愛してくれるのは分かってる。でも、何か、体ぴったりくっつけたり、ふわふわって頭撫でたり撫でられたり、手ぇ繋いだり…そーいうのってさ、無性に、幸せな気持ちになるんだ。」

「敦…」

聞こえた声にもう戸惑いはない。
彼の持つ比類なき眼の力、その視線と同じく揺らぐことなき声で呼ばれた自分の名に、紫原は身震いした。
愛する人の、愛おしい声。愛しい体温。
赤司にその自覚はなくとも、紫原にとってそれは、ぴたりと触れ合っている部分全体から伝わるまごう事なき彼からの愛情表現、愛おしさの具現なのだ。

「だから、…ん、ごめん、独り善がりなの分かってっけど、…俺の、赤ちんに触んの全部、大好きって言ってんのと同じなの。伝わって、なかったかもだけど…。…んで、」

赤司は不満かもしれない。いや、不安だと彼は言ったのだ。
今回の諍いの原因は、”前戯が長い”とのことだ。…聞く人が聞けばふっと軽く吹き出してしまうような微笑ましい内容だが(恐らくそういったことに長けた氷室のような人間には)、赤司にとっては極めて重大かつ繊細な大問題なのだ。比べるほどの経験など皆無だが、長く辛抱強く紫原に慣らされる時間、ときにいわんや69の体勢で彼のものに頬ずりし先端だけを何とか銜え、舐め上げては刺激するその間、快楽に流され中々思うように働かない頭で勃起した性器を眺めてはいつも思っていた。紫原が赤司のことを大切に大切に扱ってくれることは痛いほどよく分かる(痛くはないから余計に分かる)、けれど、自分はそうまでして、そんな風に彼に我慢させてまで念入りの準備が必要な体なのだと。相手が女性であればきっと、紫原も丁寧に解したりといったこんなに面倒なことをしなくたって。
…赤司は時々、というか紫原と彼との関係において、自分を卑下し自身に正当な評価を下せないことがある。それは自身が女性でないことでの引け目からくるものだから、ある程度は仕方ないと紫原も理解出来なくもないのだが、同時にそんなに気に病むことでもないのになー…と思う。
女性だろうが男性だろうが、紫原が惚れ愛し、そして愛し返してくれたのは赤司征十郎その人ただ一人なのに。
…それに結局のところ、今回の件についてはそもそも赤司は何か大きな勘違いをしている。赤司にその気付きはなくとも、その原因は紛れもなく紫原の方にあるのだ。

「で、さあ、…長いとかしつこいとかって赤ちん言うけどさー、」

「しつこいとは言ってない…」

「んん…そーだっけ?…んーでもどっちにしてもさ、それ、赤ちんのこと思えば当然のことだし。」

(赤ちんが男の子でも、女の子でもそーだよ。)

「…」

「…それとね…何かものすーっごく納得行ってなさそうな顔してるから言っとくけどね…理由、そんだけじゃねーから。」

「…」

「…今言ったでしょー?俺、触んのが愛情表現なんだよ…ハズいけど…///…赤ちんの体触りてーの。俺は。撫でたいの。…赤ちん高ぶらせるとこから始めて、色んなとこ触ってちゅーして、解して気持ちーって思ってもらって…可愛い姿いっぱい味わって…クールダウンもさせて、中きれーにしてお風呂で体きれーにして、もっかいベッドにinーってとこまで全部、俺がしてーの。
ハズいからこれまで言わなかったけど…赤ちん不安にさせてたんなら、ごめんね。」

(それと、…プチ変態でごめんねー?)

ストレートに想いを口にすれば、顔を真っ赤にしてしばらく一人表情をくるくる変えていた赤司が今日二度目の笑顔を見せた。つられて紫原も笑顔になる。
ほら、遅くなったけど、ようやく伝わった。
君と僕とが笑顔になって、こんなに幸せなことはない。

「そんな、こと、」

「うん。…言わなきゃ分かんないよね…ごめん。…これからはちゃんと、言うようにするね。色々…俺の好きなこと。…引かれちゃうかもだけど。」

「引いたりしない、そんな…」

俺も…言うように、する。

(敦の好きなとこ。俺の好きなこと。)

そっと頬を染め、言えば紫原がほわんと笑った。

「えへー嬉しー///」

「…ん。俺も///」





君が気にして仕方ないそれは僕にとっての愛情表現

かくして、本人たち以外にとっては全く不毛な当議題はこうして無事採決を得ることになった。





数日後。都内某所、某カフェにて。

「そうですかそれは良かったですね(棒読み)」

「テツヤ…」

「紫原くんとの仲が順調で良かったです。…元から何の心配もしてませんが、通常稼働で何よりです。」

「…おい、人の話を…」

例の懸念事項が無事解決をして、その数日後。
より正確には、黒子が前議論について(“前戯が長いのは俺が男だからなのだろうか?敦に負担をかけているのではないだろうか…”と)散々悩みを相談されてから六日後、その無事の報告を受けてから五日後のことだ。
またも目を充血させながら(ああ、また考えすぎて眠れなかったのかと判断する。人間観察の得意な黒子でなくても分かる顕著な変化だ。当然紫原がそれに気付かないことはあり得ないが、今日は彼が起きる前にこっそりと家を出てきたのだろうか?)、カフェで対面に座る赤司は深刻そうだ(そして、それと同じような姿の彼と黒子はつい六日前にも会ったような気がする)。

「で、無事解決を見たリア充が今度は何だって言うんですか?とうとう浮気でもされましたか?」

「!!!っそんなっっっ、敦はそんな、」

「あーはいはい分かりましたごめんなさいそうですよね。…で、どうしたんですか?」

「…それが…」

(敦が、そ、その…とんでもないことを言い出して…)

「…」

「はしたない…恥ずかしい…でも、敦が言うことだから、してみたい気持ちも、あるんだが、恥ずかしくて、その…」

「(…嫌な予感しかしません…)…で、出てきちゃったんですか…。黙って…」

「…うん…」

はぁぁぁぁ…。
黒子は一人大きなため息を吐いた。
全く、せっかくの休日、溜まった洗濯物でも片付けようと思った矢先に呼び出され(電話で切羽詰まった声で相談がある、と言われ断るわけにもいかず。…実際、今度はまた何の惚気を拗らせた結果かと嘆息はしつつ)、濡れた猫の子のようにぺしゃっと小さくなってしまった赤司の話を聞いた結果がこれである。
全く、中学時代からの友人であるからどんな悩みでも相談してほしいとは思うのだけれど(最近赤司にはこの手の悩みが多くて仕方ない…まあ、それほど紫原も赤司も互いに互いをさらけ出しあっているということなのだろうけれど。…それならばそれで構わないけれど)、黒子のアドバイスを介さずとも、初めから二人向き合い本音で話し合えば良いのに…とも思う。
まあ、そんな歯痒い二人だからこそ、黒子はそっと陰から応援してしまうのだけれど。

「で、紫原くんは今更何をしたいと?(もうお二人最後までいってしまったんですよね?)」

「!!!…そんな、そん、な、ストレートに…でも、まあ、うん…そう、だな…。
…あのな、敦が…そ、その、その…ペッティング、というのか…か、兜合わせ、と、言うのか…?を、しようって…」

(い、今まで、その、触ったり舐めたり///、その、入れたり、は、あったけど、そんな、そんな…擦りあうなんてそんな、…っ、///)

(でも、敦が、敦が…そう、言うんなら俺も少しはって…気になって…でも、は、恥ずかしくて…)

「…」



(どうしようこのリア充(共)本当に爆発してほしい…)



黒子はそう思いながら、ホットのカフェモカを一口飲んだ。

やけに冷え込んだ十月の終わり。

そしてその悩みは、黒子の予想にそう違わず数日後に無事解決を見たのだった。

end.

13.10.28

オチが…(笑)。
最後のペッティング問題はこたつを出して無事解決しました。
狭いから、とか何とか。赤司の方から誘って欲しい。
当サイトには未だR18作品のない中で生々しい描写ばかりでした(笑)。
いつかえっちも書きたいなぁ。

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