NOVEL | ナノ

 タイムリミットは午後11時 at yosen 2

バスケ部にはもう見慣れたものだが、208 cmの長身の紫原が幼児よろしく誰かをぬいぐるみ(もといクッション。もっと言えば抱き枕)にしている光景は他の寮生には中々物珍しく映る。
何してるんだあいつ?抱きつかれてるあの赤いの誰?
と玄関ホールに居合わせた周りがざわつき始めた頃、氷室はにこにこと満面の笑みで2人を引きはがした。

「っもー、何すん」

「何か問題あるかな?(にこにこにこ)」

「…ん。…ないでーす。」

そうそれは良かったと氷室は首を傾げ笑う。
ああこれほど怖い微笑みってねーよ、としぶしぶ紫原は赤司から身を離した。
本当に大丈夫だろうか?元々季節の変わり目に弱い赤司、コートも用意せず(きっと京都はもうセーターとブレザーでいられるほど暖かいのだろう)ここまで来たというのだから、風邪を引いていてもおかしくない。
そわそわし始めた紫原に氷室はハァとため息を吐く。

(お前は自分使って暖めることしか頭にないのか…。)

お前のブレザーを貸してあげると解決だよと紫原の制服の襟を指さすと、初めて気が付いたらしい彼は赤司の体にその良い生地で出来た上着を被せる。これもまた覆うようなサイズで、暖を取らせるにはぴったりだ(嫌なことも面倒なことも多いけれど、つくづく今はこの体格で良かったと紫原は思った)。
その代わり彼の肌寒さは増すだろうが、そのくらいの不利益は負って当然のことをこの後輩はしてのけている(こんなのむしろペナルティにもなりはしない)。
未だ氷室は怒っているのだ。
が、赤司がそれでも良いという(大きな猫目が、彼の態度がそう告げている)。
そうとなればここはそろそろ怒りを鞘に納め、分別ある上級生としては今後のことを考えなくてはならない。
今夜のうちに京都へ帰る手段はもうさすがにないだろう。
それに氷室の目から見て、今回赤司は精神的な焦りが体にも影響していたように思うし、明日すぐに帰すというのも少々不安が残る。
都合今夜一晩、あるいはもう少しここに留まってもらうことを考えて、少なくとも明日一日の彼の生活空間を確保しなければならない。
食欲旺盛な運動部男子を支えるだけの寮だ。当然いつも何かと大目に準備はしてあるし、食事の心配はないだろうと思う(ああ、アレルギーがないかだけ)。
だがそれ以外にも、赤司の寝る場所、着替え(…これは氷室のもので十分だろう。身長は少し違うが細身の自分の服は赤司にも適するはずだ)、身の回りの生活用品、下着(購買は閉まっているだろうから、近くのコンビニまであとでアツシを走らせればいい)、その他考えることはいくらでもある。
だというのに赤司のことしか目に入らない後輩に、ため息を吐くなと言ってもそれは無理な相談だ。

「とりあえずは赤司くんが今夜どこで寝るかだな。まず洛山の寮なり下宿先なり赤司くんのところにも連絡して…それと皆に見られてしまってる以上寮母さんにはちゃんと言って…どこか空いてるところでも探してもらうか。」

もしくは俺のところでも良いし。寄せれば布団一つくらい敷けるだろうし…と氷室が言うと、紫原はきょと、と首を傾げる。

「えー?何言ってんの室ちん、赤ちんは俺の部屋でいーよ。適当に片せば何とかなるし…。」

「な、何を言ってるんだアツシ!!!」

それは氷室にとっては驚愕の一言で。なおかつそれをさらっと言ってのける後輩に理解が追い付かない。

「は?」

急に両肩を掴まれ揺さぶられ(割と鬼気迫る表情で)、何事かと紫原の方もぎょっとする。

「何を言ってるんだそんな…はしたない!!!いくらなんでもここは寮なんだぞ、学生としての良識をわきまえて行動しないといけない、壁も薄いし隣はすぐ劉の部屋だし…、」

目を閉じ口元に手など当てつつ、信じられないというように首を横に振る氷室に、その発言に紫原は一瞬真っ白になる。

(はしたない…?)

壁薄い?、と自分より身長の高い2人に挟まれた赤司がきょと、と首を傾げた瞬間、金縛りの解けた紫原は氷室の腕を掴み大急ぎで玄関ホールの隅に移動する。
独りぽつんと残された赤司。はしたないの意味するところもまだ分からないのだが、尋ねようにも2人はもう会話の届かないところにいる。
紫原と氷室がしきりに(だが小声で)言い争っている姿をしばし見ているしかなかった。





「ななななな何それ何それ何それまじ室ちんヤメテ!赤ちんの前で何てこと言うんだし!///だっ、俺と赤ちん別に何にもないんだってばほんとーに///ほんっとーにそーゆーことは何にもないの!!!赤ちんもすきでおれもすきだったけどなにもないのっっっ///」

けんぜんなちゅーがくせーのれんあいしてました!///

涙目になってそう伝えても、氷室はそれを中々信じようとはしない。
何も、氷室とて2人の何もいたずらにからかおうとしているわけではないのだ。
中学のときから付き合っていたようだから、それに何よりこれだけ好きだ大事だと言っているのだから、当然そういう展開にもああいう展開にもなっているものだと思っていた。
何が健全かという認識については、2人の間に大きな差というか違いがあるようだ。

「Really?…いやでも13〜15歳だろ?一度や二度好奇心でも試してみたいと思ったりし、」

「なーい!なーいーかーら!そのアメリカの常識やめてよここ日本だっつの帰国子女まじうぜー!!!///」

「…なあアツシ、たまに思うんだが、俺のことが気に食わないからってそれを帰国子女全て悪者みたいに言うのはいけないんじゃないかな?」

「うんうんそーだねごめんね室ちんじゃない帰国子女の人たちでも室ちん今そゆこと言う状況じゃねーし!赤ちんの前だし!ほんっっっと察してよ…///」

氷室の前、ついに両手で顔を覆った紫原がぺたんと座り込む。
あ、とその元へと駆け寄ろうとする赤司を傍らから伸びてきた手が止めた。
自分の腕を掴んだ長い手の先、劉は呆れ顔で首を横に振っていた。

「ほっとくアル。あんなんに一々付き合ってたらバカが移るヨ〜。」

「ぇ、あ、でも、」

「とりあえずここ寒い。中入るアル。」

そう言いながら寮の中へと進んでいく劉に、手を引かれている赤司は戸惑いながらもついていくしかなく、振り返りながら紫原と氷室の方を見やるがもう声の欠片も拾えない。
知らない空間、知らない建物、生徒、環境、そう気付くとつい不安に襲われる赤司の背を不意に後ろからぽすっと軽い衝撃が襲う。

「!」

「おーお前誰だっけ?敦のダチ?」

「キセキなんとかアルよ。」

「あー、そんなんあったなー。何だ、敦に会いに来たか、」

後ろ目に見上げれば、自分とほとんど身長の変わらない生徒(福井といったはずだ)と、陽泉の長身選手の一人、岡村の姿。
そーかそーかあいつにも友達がいたんだなーとどこか呑気な口調で、戸惑う赤司に構わず劉との間に割り込み、2人に肩を回して先を進む。
肩を回すと言っても片方は200 cm越えの劉だ。
釣り合わず辛くないのかと思うが、本人は気にした風もないし劉も少し肩を下げたくらいで慣れているという顔をする。

「んじゃー飯行くぞ飯。」

「え???あ、ぇ、いや、」

「だいじょーぶだって、一人分くらい何とかなんだろ。敦の分減らせば問題ねえ。あいついつも3人前くらい食うからな。2人前に減らしても問題ねーよ。」

「いや、そうじゃなくて、」

赤司の視線の先、未だ言い争う(明らかに紫原が劣勢だ)2人の姿を視界の端に留め、だが福井はそれには全く関心を示さず進む。
それは隣の岡村にも同じことが言えた。彼もまた呑気な声で「また派手にやっとるのぅ。」と呟いたのみだ。

「いつものこといつものこと。近づいたらバカが移るぞ。」

「ほら言ったアル。そのうち何とかなるアルよ。」

そのまま雰囲気と流れに流されながら、赤司は何だろうこの高校…と思った。
洛山も十分変…個性的なメンバーが揃ったものだが、ここは個性的というより全体で個性的だ。
個々を見ている分には、その性格ないし存在が飛びぬけるのは紫原だけだ。あるいは氷室か。しかし、メンバーが揃い陽泉としてまとまって初めてこのチームが見える。そんな感覚がする。
普通は個性があってチームがあって、なのに、個性がなくてチームがある。
珍しいが、良い体系だと思う。

が、

「お前名前なんだっけ?赤であってんよな。」

「、赤司です」

「そかそか赤ちんなー。お前好物何?」

「…湯豆腐…。」

「そっかー湯豆腐美味いよなー…今日あると良いなー湯豆腐。」

…緩い。

明らかに彼らは、緩い。何かこう、色々なところが。
だがそれは、決して不快ではなかった。

「湯豆腐だけじゃ物足りなくないかのう。だからお前はそんなに小さいんじゃなかろうか、バスケ部なのに。」

「バーカこの巨人!バスケやってたって誰もそれもが皆お前らみてーなバケモンになれるわけじゃねーよ。」

「アゴリラはリアルな。」

「リアル何じゃ?リアル化け物!!??あんまりじゃー…。」

きっとこんな感じだからこそ、紫原と上手くやっていけている。
これが今、日頃紫原を包んでいる空間なのだ。
それを少し共有できたようで、赤司は少し嬉しかった。





出来立ての綿菓子のように暖かくふわふわした空間の中、ここ陽泉で紫原は暮らしている。
そしてぬくぬくとしたそこを抜けてまで。紫原は週に一度は必ず赤司に連絡をくれる。
あまつさえ、会いたいと。会いたい、赤ちんに会いたいよといつも必死で。
…陽泉で過ごす日常ではなく自分と交わす非日常。赤司と一緒にいるということそれは、時に中学校時代を思い出させるはずだ。
キラキラした日々、楽しかった思い出もある。
だが決して良いことばかりがあったわけではない遠い記憶。
過去を思い出すということは、その辛い記憶にも否応なく触れることにもなるというのに。

それでも構わず紫原は電話をかけてくる。会いたいと、言外で伝えようと必死で。

「あんみつ」

これ以上優しい彼の声を聞いていたら。

「みつまめ、豆かん。抹茶パフェ。わらびもち。抹茶わらびもち。」

これ以上会いたいと伝えられていたら。

「八つ橋、おたべ、五色豆、」

我慢できなくなる気がして変に身構えていたのはきっと、自分の方。

傍に紫原がいなくて、年上ばかりの空間で本当はしょっちゅうテンパってしまうのも、寂しくて寂しくてたまらないのも、会いたくて苦しくなるのも、会えなくて辛くなるのも。
そういった感情は全部全部赤司自身がもつもので、紫原はただ伝えてくれようとしてくれていただけなのだ。
素直になることがどうしても出来ない、赤司の分まで。

もっと早く、気付くべきだった。
今回そのことに気付かないでいたばかりか、いたずらに拒絶し紫原を傷つけてしまった(氷室に殴れらたことにより、実質的な傷も負わせてしまった)。罪悪感が次から次へと押し寄せるが、こればかりはやってしまったことでどうしようもない。
ごめん、意地を張ったと、はっきり伝えよう。謝って謝って謝り倒そう。
それから。

(敦、)

未だ食堂に姿を見せない紫原に、心の中で呼びかけてみる。
何ということはない、デモンストレーションだと言い聞かせても、逸る心と鼓動がうるさくて集中できない。
治まって、治まって、と必死に両手を握る。

(あの…な、)

イメトレで口ごもるってどういうことだ!と弱気な心を叱咤して。





8日前、君が電話をくれたのは午後11時。

それをタイムリミットにしよう。それまでに、伝えるんだ。何としても。

「会いたかった!」

って!





タイムリミットは午前11時

(何だかんだで何とか世界は回るものらしい。)

(少しくらい、僕も、…ワガママを言っても良いみたいなんだ。)

(そのことに気付かせてくれたのは、敦…お前なんだぜ。)

赤司は、目の前に置かれた湯豆腐から立ち上る湯気をじっと見つめた。





end.

湯豆腐、あった…(そこ!!??)

・紫赤が幸せならそれで良い!(紫赤は正義)
・うちの室ちんは氷アレです。幸せになって。…身長差5 cmしかないけど…アレックスでかい。
・うちの室ちんは赤ちんのことも自分の後輩みたいに感じちゃってます。
・高校だろうと何だろうと、赤ちんの"〜ぜ"語尾が好き。
・京都ではきっと玲央姐が半狂乱。
・福井さんが可愛い。陽泉大好き。

色々詰め込みすぎました。


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