NOVEL | ナノ

 タイムリミットは午後11時 at yosen 1

赤司がようやく落ち着いた頃。
日暮れ前だけれども秋田の夕方、ちょうど肌寒くなってきた頃合いで紫原は赤司を連れて自校の寮へと向かった。
赤司はしきりに帰ると言って聞かなかったけれど、誰が愛する人をこんなにもボロボロの状態で帰すことが出来よう。
…それも、滅多に会えない京都の空から降りてきた天使だ。
羽を縛ってだって、易々と逃がすことなど出来るものか。

聞けば、勢い余って陽泉まで来てしまったものの独り動けずにいた赤司を氷室と劉が構ってくれたと言うので、そのお礼も言わなくてはならない。

「だから、構ってくれたんじゃなくて、助けてくれたんだ。結局勢いでここまで来てしまったが、どうしていいか分からなかったから…。」

「んー?…いーのいーの、うちは皆お節介が趣味だかんねー、」

(そんなのお年寄りに座席譲るレベルだよ。
何でも赤ちんの勝利とおんなじ、基礎代謝基礎代謝。)

(お年寄り…。)

「…でも、だから敦だって上手くやっていけてるんじゃないのか?」

「うえ。ヤだヤだ俺しょっちゅう怒られてんの!もーやめてよ赤ちんー…。」

そんなやり取りをしながら、良かった、赤ちん少し落ち着いた…と安堵していたその油断していたタイミング。
瞬間、頬から伝わった衝撃が全身に波及する。いわんやその衝撃に全身ごと持っていかれ、紫原は文字通り吹っ飛んだ。そう、文字通り。
音と痛みは遅れてやってくる。紫原がそれを経験として知ったのは高校に入学してからだ。
それも夏のIH後、誰あろうこの、泣き黒子がトレードマークの見目麗しい帰国子女がチームメイトとして彼のチームに編入してきてからのこと。
初めこそ全く何が起きたか頭で理解が出来なかったのだが今でははっきり分かっている。というか、体が覚え込んでいる。

身長208 cmのこの体でも、簡単に吹っ飛ぶということを。

「〜〜〜っっっ!ってー…、」

ああもうやりやがったなこのヤンキー!と衝撃の来た方向、それを与えた張本人を睨みつける。…が、それにどれほどの効果があったかは不明だ。
先ほどの今にも崩れそうな赤司を前に、ある程度は堪えた(ある程度は、さすがに無理だった)涙液がまだ目のあたりに溜まっていて、その衝撃で簡単に溢れ出してしまう。
都合涙の浮かぶ両目、それも吹っ飛んだ紫原は地面に座り込んだ格好で立った状態の相手を見上げる形となるわけだから全く威圧感も何もないガンつけになってしまうのが歯がゆい。
だがせめても虚勢を据わった視線に上乗せし、キッと睨んだ先に澄ましたあの秀麗な顔。
端整で、人畜無害な顔をして。これが中々憎い男だ。
いわゆるイケメンの黄瀬ともまた違う、イイ男には違いないがどこか女性的な雰囲気を持った、だが喧嘩っ早い(その上、売られた喧嘩は必ず買うという見上げた心意気の)コワいお兄さんなのである。

「いきなり何すんだし室ちん!した、」

舌噛むとこだったし!と、言いかけた紫原に軽々と一歩で歩み寄り同じ左頬を目がけて軽く一発。
今度はそのモーションも紫原の目に入っているから、受け身を取ろうとまではいかないまでも心の準備は何とかすることが出来る。
先ほどのように無防備な状態にいきなりくらうという状況でないだけましだが、それでも殴られることに変わりはない。鈍い衝撃をくらうことに、痛いことに変わりはない。
心構えだけでも間に合った結果何とか口内や舌を噛み傷つけるという展開は免れたが、カッと熱を持ち始めた左頬がじんじんと徐々に痛みはじめる。

「ほんっとーにっっっ、ろちん、やめてよ、そーゆーの!」

実際殴られることなんてめったにないけれど(WCも含め今までで3回くらい)、痛いもんは痛いし、顔を殴られるとしばらくお菓子を美味しく食べられなくなる(口の中がしばらく痛い!何か含むとほっぺたが痛い!)。
何より身近な存在からの叱責は、例えこちらにどれほど非があろうとも自身を拒絶されたようで心が痛い。

(今回、は…赤ちんのことだろーけど…。)

特に繊細に出来ている紫原であればその心痛はいかばかりか。いつもとは言わないがたまには考えてみて欲しいものである。
それに、今は何より、

(ほーらぁー…赤ちんまじで引いちゃったじゃん…。)

先ほど、吹っ飛ぶ前に紫原が立っていた辺り。赤司は未だそこで呆然と立ったまま。
その猫目は、まるで目の前の光景を信じがたいと言うように見開かれている。100%純粋な驚きで出来ている、まさに虚を突かれた猫のような表情だ(それはそれで可愛いのだが)。
まあ無理もないけど…と紫原は思う。
自分自身、まさかこの体が吹っ飛ぶことがあろうとはほんの数か月前まで思ってもみなかった。
それも、全体的な体格で言えば自分よりガタイの良い岡村にでも身長の比較的近い劉にでもなく、25 cmも背の低い氷室に殴られ宙を舞う日が来ようとは。
それは赤司にしたって同じことだろう。中学生の頃今より少し背の低かった紫原でさえ誰かに吹っ飛ばされることなどなかったし、実際一番背の近かった緑間でさえ紫原の体を宙に浮かすことなど出来なかっただろう(もちろん彼はそんなことはしないと思うが)。
恐らく今だって、夢にも思わなかった展開に遭遇し、ただでさえようやく落ち着いたばかりの彼の心中を察すると胸が痛む。

(そーそー…俺でもねー意外に簡単に吹っ飛んじゃうんだよー。まじ人間ってすげーよ。)

痛む頬をしばし頑張って引き攣らせ、赤司に苦笑いを浮かべてみせる。
彼はやはり呆然としたままで、ようやく瞬きを思い出したところくらいだった。
時々ぱちぱちと閉じられ開かれる瞼の間から覗くのも未だ見開いた目で、この非日常的日常がどれほど大きな衝撃だったかが分かる。
…ただでさえ会える機会は少ない上に、滅多に見ることのできない驚き顔。可愛らしさは優に五割は増している。

(150%赤ちん、)

心配しながらも、不謹慎だとは思いながらも、出来ることならこのままずっとそんな赤司の姿を目に留めておきたい。

「…で?」

だがそんな紫原の思いもよそに、入れられた横槍にムッとした表情で再びそちらを睨みあげる。
見れば、元々の端整な顔立ちに絶対零度の怒りもとい蔑みにも見た視線でこちらを見下してきた氷室。その瞬間視線がかち合った。
一触即発かと周りの面々は身構えたが氷室にこれ以上ことを大きくするつもりはないようで(紫原には不満ばかりが残るのだが)、目を閉じて両の掌を掲げてみせる。

「もう良いのか?」

「ハァ?何が、」

「…別に。それなら、うん。別に良いよ。」

「訳分かんねーし室ちん…。」

言いながら何とか起き上がりつと赤司にすり寄る。

「赤ちん、室ちんがいじめるー。」

甘えた声を上げ後ろから抱きすくめると、今でもすっぽりと収まる愛しい背。
少しは身長も伸びたかもしれない。だが、例えそうだとしてもそれは紫原にとっては全く気にならない程度だ。





「…」

小さい子供のぬいぐるみよろしく(見た目にそれは大きく違うが)ぎゅっとされながら、赤司は氷室の言葉が紫原にではなく自分にかけられたものだと気付いていた。

(もう、良いのか?精一杯ちゃんと気持ちをぶつけてきた?このバカって。
お前のせいで一体どれだけ辛かったか、苦しかったか。どんな状態でどんな思いでここに来たか。多分アツシは言わなきゃ分かんないんだと思うよ…。
不満はない?もう、心配はない?…何ならもう数発殴ってあげるけど?)

紫原は気付かなかったようだが、彼の視線はそれほど雄弁に赤司に語りかけていた。そして、紫原に見えないところで赤司にウインクをしてみせた。
そう言えば、さっきは自室に招いて話を聞いてもらっていたにもかかわらず、紫原の居場所が知れると(それも、3日前に告白された女の子から再度呼び出されたのだとか!これが落ち着いていられるわけがない!)、何も言わず飛び出してきてしまった。
今思うと自分の浅はかなそんな行動が、そもそも弱くて崩れそうな心持ちを吐露してしまったことが、全身から湯気が立ちそうなくらい恥ずかしい。

(湯豆腐になりそうだ…。)

そう。今の自分を表現するなら、まるで湯豆腐のようだ。
箸で掬おうとするだけで崩れそうに脆く、体の奥から外から熱くて仕方ない。
好物ではあるけれど、それとは全く話が違う。自分がそんな脆くて色惚けた存在であることが、恥ずかしくて恥ずかしくてたまらない。
何も言わないままの自分を不審に思ったのか、耳まで真っ赤になったところでタイミング悪く紫原が身を屈め顔を覗き込んでくる。

(まずい、///)

下を向くにも間に合わない(そもそも耳まで真っ赤なのだ)。かといってすぐ熱が引くはずもなく、しっかり赤面しているのを目に留めた紫原だが、意外にもその声には心からの心配が覗く。

「大丈夫赤ちん?風邪引いちゃった?…そうだ赤ちん、京都のかっこのまま来たでしょー…秋田はまだ寒いんだってば、」

良いようにか悪いようにか勘違いをしたらしい紫原にうんそうかもしれないなと曖昧に返事をしながら、初めてさっきまでいた屋外の外気の冷たさを思い出した。寮内には暖房もかかっているが入り口近くのそこは少し肌寒い。…恥ずかしいはまあそれとして、確かに風邪の一つでも引いていておかしくない。
他人の目がある中だというのに躊躇わず後ろからすっぽり包まれているのは、そんな赤司を気遣った紫原の配慮だと知り胸が熱くなった。

(やっぱり…。)

このままでは、本当に赤司は湯豆腐になりそうだった。


prev / next


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -