NOVEL | ナノ

 タイムリミットは午後11時 side red & purple

これは、おかしい。
赤司はスマホを手に逡巡する。
もう何日も繰り返した内容だけれど、初めからもう一度と再度思考を辿っていく。
確かに、合宿前の最後の電話、あれは赤司でもさすがに愛想がなさ過ぎたというか無下に扱い過ぎたと感じるような言い方だったし、普段から寂しがり屋の紫原にとっては絶望的な最後通告だったに違いない。
それを事も無げに告げた挙げ句一方的に通話を切ってしまった。それを合宿中実は赤司自身少し反省していた。
だから、合宿後すぐの電話で突然告げられた紫原からの決別に、最初は仕返しと考えた。
だがすぐに、そうではなかったと悟る。赤司関連では全くこらえ性のない紫原が、自分が言い出したこととはいえ赤司を離れ1日と持つはずがないからだ。
だというのに、あれからもう4日が経つ。
相変わらず紫原から連絡はなく(電話はおろか、メールすら)、だんだんとスマホを握る赤司の心も逸る。
心臓が早鐘を打つ。

(おかしい…。)

彼に、何かあったとは考えづらい。紫原と自分の関係は陽泉でも氷室に把握されているし、もしけがや病気といった重大なことなら紫原のご両親から連絡があるはずだ。
赤司は自身の親とは関係が希薄だったが、紫原の両親とは懇意にしていた。

(だったら、何故…?僕は、そんなに、お前…怒らせたのか…?)

思い余って電話をかけると、コール音の代わりに無機質な応対音。
そこで初めて、赤司は事態の異様さに気が付いた。





赤司と連絡を絶って、1日目。
目では常に赤司を探している。赤司に似た声を拾おうとしている。
唐突に呼び出され、クラスの女の子に告白された。
背の高めのその子、学級委員をしているが物静かで、嫌いなタイプではない。
元々、紫原だって赤司が好きなだけで男色専門ではない。女の子だって当然好きだ。
だが、断った。
「俺といても…たのしーことぜんぜんないと思うよ?」
赤司を感じないで過ごす1日は、全く味気のない退屈なものだった。

赤司と連絡を絶って、2日目。
目ではやはり赤司を探している。赤司に似た声を拾おうとしている。
加えて目を閉じるとその姿だけが脳裏に浮かび、上手く眠ることが出来ない。
電話越しの息遣いさえ、鮮明に思い出している。

赤司と連絡を絶って、3日目。
思考はついに、目で赤司を探すのをあきらめた。聴覚はまだ、赤司に似た声を拾おうとしている。
だが脳裏に浮かぶ、赤司の姿が日に日に鮮明になっていき、この日は一睡も出来なかった。
印象的な猫目に、少し跳ねた赤い髪、白い肌、173 cmの高くも低くもない平均身長(を、本人は甚く気に入らないらしかったが)。
高めの声を抑えて話す、いつだって落ち着いた態度。

そして、赤司と連絡を絶って、4日目。
昨日から赤司を手放したはずの思考が、今度は何だか警鐘を鳴らしてくる。
何かお前は、根本的に大きな間違いをしていないか?
だがその間違い直しのヒントは与えられずに、分からないまま今日も味気のない1日がスタートしていった。





「あれは…」

その日の6限、生物の授業でのフィールドワークを終え、HRに戻るべく校門をくぐった劉と氷室の視界に、ぽつんと佇む他校生の姿が移りこんだ。
こんな街中から外れた学校に、他校生が訪ねてくることは珍しい。運動部の練習試合か文化部の交流か、それにしては背が高いが中学生の学校見学か、と注意して見ると、意外なことにその人物に心当たりがあった。
一目で染色ではないと分かる色素の薄い赤い髪に、一度見たら忘れない、印象的な猫目。

「赤司、くん…だよね?」
「ああ。敦のどうきゅうせいアル。」

だが校舎を見上げる彼の顔はどこか不安げで、WCでは全く見られなかった類の感情に両の目が揺れている。
血が出そうなほどぎゅっと握りしめた掌から、すっかり血の気が引いてしまっていた。

「赤司くん…?」

氷室は劉と一度顔を見合わせ、再度呼びかけると、目前の赤色は弾かれたようにびくっと体を揺らす。
劉から見るとちょうど20 cm、氷室から見るとちょうど10 cm低い彼。
戸惑ったような困りきったような表情に、劉も氷室も次の言葉が見つからない。
とりあえず、どうしたの、という通り一遍の質問を投げ、2人は必死に脳内コンピューターを動かした。
どうして、ここにいるの?
(敦に会いに来たアルか?)
どうして、せっかく来たのに校舎に入らないの?
(そもそもアツシは何してるか…)
(…ああ、スマホを壊したとか言っていたっけ。連絡が取れないのかな)
どうして、そんなに辛そうな顔をしているの?
(…)
(…)

「あ…、」

…はい…あの…いえ。

それから赤司が発した単語はそれだけだったが、劉と氷室は顔を見合わせると、そうかその原因はやっぱりうちの一年生(アル)かと結論付けた。





劉と氷室の担任の場合、帰りのHRには出なくてもバレない。
部に遅れるという伝言(と、紫原がどこにいるのか探すこと)だけを劉に頼み、氷室は赤司を寮の自室に招き入れた。
ただの他校生であれば食堂でも十分バレない気もするが、何分目立つ外見の赤司だ。
教師や先輩にあれやこれやと説明する(氷室自身その理由を知らないので、正確には赤司に説明させることになる)気にもならず、散らかってるけど、と前置きして自分の部屋に通す。
とりあえずと示された場所に座る赤司に、これまたとりあえずの笑みを氷室は投げかけた。
彼の慈悲深い笑みを向けられ、心を許すか戸惑うか、それ以外の反応を示した人間を氷室は知らない。
アレックスとアツシだけは興味深げに自分の笑い方をただじーっと眺めていたけれど(タイガは違う。あれは次の瞬間には懐いてきた)その2人は例外として、その人好きのする穏やかな表情をもって赤司に尋ねる。
彼の瞳は、未だ弱々しく揺れている。
…しかし、本当に意外だ。
絶対王者を地で行くような彼が、他の人間の動向一つで杞憂に苛まれているとは。

「アツシに会いに来たの?」

そしてその原因が(元凶が、というべきか)、他でもない我がチームのエースであり、誰より手のかかる末の弟、紫原だというのだから。
意外に意外が重ねられ、もはや驚きを通り越して感動すら覚えてしまう。

「…はい…と、いうか…。…はい…、」

氷室は赤司征十郎という人物を紫原の話でしか、あるいはWCで見たあの姿しか知らないが、その彼らしくない歯切れの悪い解答に少し戸惑う。
そもそも(紫原が原因にしろ、悪いにしろ)、いきなり京都からいきなり秋田まで出てきた理由は何なのか。
校舎の前で佇む彼の姿を見つけたときから気付いてはいたのだが、今氷室の部屋できれいに正座して座る赤司のその格好は、何をどう考えても制服だ。
遠く離れた友人に会いに来たという格好ではない。明らかに取るものもとりあえず来たといった感じの姿に、少しの切迫感を覚える。

…思えば紫原の様子もここ数日おかしかったように思う。
いつもよりさらにぼうっとしていて、応答もまばら。
いつも何か考え事をしているようで、その視線は周りをきょろきょろ見渡したかと思うと、斜め上あたりを仰ぎ見て遠い目をする。

「あ。アツシ確かスマホ壊したとか言ってたかな?もしかして連絡取れなくて困ってた?」

「壊した…?」

小声で赤司はそう呟いたが、そんなことはありえないのも重々承知だ。
もしそんなことになっても、今までの紫原なら他の誰かの携帯から少なくともその連絡を入れるはず。
何と言っても赤司のメールアドレスは名前と生年月日からなるシンプルなものなので思い出すのは容易だし、誠凛の火神の親しいという氷室→火神→黒子、と連絡を取る手段はいくらでもある。
やはり意図的に避けられている…その思いを深くした赤司は、訥々とその胸の内を氷室に吐露していった。





敦から、連絡が途絶えて4日になる。
今までこんなことは(物理的に不可能な状況以外では)なかったし、その4日前の会話というのがまた赤司をたまらなく不安にする原因となっている。
それほどまでに怒らせてしまったのか、紫原の傷つきやすい内面を無意識に蹂躙してしまったのか。
およそ8日前会話を交わしたときには露とも感じなかった不安に、赤司は突き動かされ秋田まで来てしまった。
そしてそれを恥じる余裕もないほどに、未だ尽きぬ恐怖が彼の心を蝕んでいるようだ。
敦の掌に触れたい、大きな体に包まれたい。それが叶わなくても、せめて敦の声が聞きたい。
ただそれだけなのに。
高校に入ってからというもの、接触のない状態にはもう十分すぎるほど慣れたというのに。
それが不可能になったと思った瞬間、急に焦る心が赤司の心を苛んだ。

これが、今まで”会いたい、会いたい”と繰り返していた紫原が抱え続けていた不安なら。
これまで彼の寂しさに気付きながら知りながら突き放してばかりいたその責を負い、今度は自分が突き放される番になってしまったというのなら、それはごく当然のことのように思える。
だが同時に、自分はそれを耐えられないと感じている。

(ごめん…敦…)

だからお願い、声を聞かせてよ。

ここ数日、誰にも吐露できず言葉に出せずにいた煩悶を改めて頭の中で再認識し、赤司は氷室の前で堪えきれずはらはらと涙を零す。
声を出さずしゃくりあげることもなく、ひたすら俯き涙するその姿がWC準々決勝直後の紫原と重なった。氷室はその突然の涙に驚きながらもそんなことを考えていた。
ただ一つ違うと感じるところは、紫原の場合はきっと人前で泣き声など上げるまいと思ってのことだろうが、赤司のそれは深く身に沁みついた彼なりの仕草に見えるという点だ。
恐らく彼の中には、泣き声をあげるという選択肢そのものが存在しないのだろう。
この涙が、彼の持ちあわせる最大限の悲しみの表現なのだろう。
そしてその最大限の悲しみを味あわせている張本人である後輩を許せない気持ちでいっぱいになる。

これまで氷室は赤司と会話こそしたことはなかったが、紫原から話を聞くうち惚気を打ち明けられるうち、知らずのうちに赤司のことを紫原と同様自身の後輩のように感じてきたのだ。
彼は紫原にとって、氷室の大事な後輩にとって、紛れもなく世界で一番大事な人物だったはずだ。
その彼を無残に傷つけた紫原へ、親心からか男心からか、ふつふつと怒りが湧いてくる。

(アツシの奴、一体何を考えてるんだ…)

何があったか知らないが、いつでも聞かれれば”大好き”と言い切った赤司をこんなにもボロボロな状態にし、あまつさえ未だ消息不明という後輩に、氷室の憤りは増すばかりだ。
後で顔を見たらまず二発は殴ろう。
氷室は赤司の背に手を添えさすりながら、とりあえずそう決めた。





赤司と連絡を絶って、4日目。
何かを間違っていないか?と心の底に問いただされスタートした、やはり味気のない1日。
1日目に告白された同級生から、敷地内の教会の隅に再度連れ出される。
教室棟からは、そこを通らないと部の練習場所である体育館に行くことが出来ないので、それを知っていて選んだのだろう。中々したたかなタイプだ。
「俺といても…たのしーことぜんぜんないと思うよ?」
との先日の紫原の言葉に、今度は「そんなことない、一緒にいるだけで楽しいよ。」との殺し文句を抱えて再度参戦してきたということか。
こういうところに惚れ込む男も実際多いのだろう。
それほどにまで愛されている、自分は特別な存在なのだという錯覚は、容易に男をダメにする。
だが、彼女にとっては残念なことに、紫原にこれは全くの逆効果だった。
子供同然に意地っ張りにも天邪鬼にも出来ている彼は、しつこくアプローチされればされるだけ引いてしまうし、逆に嫌悪を覚えることもある(だって、ヤだって言ったじゃんウザいウザいダメそういうの)。
結果再びの敗戦となった彼女は、半ば怒ったようにその場を後にしていた。

「サイッテ―…」





「…」

勝手に告白され勝手に最低扱いされる(しかも酷いことを言ったつもりは全くない)理不尽に何とも言えない心持ちになる。
普段から相手の気持ちに気を配るということを苦手にする紫原が、この手の誘いに対して精一杯の配慮をするのには理由がある。
以前、中学生の頃だが散々悪態をついて女の子からの誘いを断ったことがあるのだが、そのことを愚痴混じりに赤司に訴えていたところ、逆に注意されてしまったからだ。
それからというもの、丁重にお断りすることを心がけているのだが。

(めんどいんだよねー…。)

特に高校に入学してから何故かそういう機会によく遭うようになった身としては、ごめん無理、の一言で正直その場を回避したい。

(てゆーか、)

(こんなとこでも、赤ちん…。)

あの時、彼は何と言った?
“少しは相手の気持ちを考えたらどうだ?”
それなら、相手にも紫原の気持ちを少しは考えてほしいものである。
それなら、…赤司にも、紫原の気持ちをもう少し考えてほしいものである。

赤司と連絡を絶って、4日目。
実は徐々にだが、感じ始めていた。
ぼんやりとしていたそれが今朝ようやくはっきりと見えた、自分は何かを間違っているという疑念。

自分は赤司から離れるべきだ、というその思いは変わらない。
血を吐くような思いで下したこの決定に、悔いばかりだけれど迷いばかりだけれど。
そのことが自分に何かメリットを与えるのか?と聞かれれば、答えは恐らくノーだけれど。
けれども、少なくともその方が赤司のためにはなるし、それならそれで構わない。
それなのに。
どこか根本的な部分で、自分は何か重大なミスを犯している。そんな気がしてならないのだ。





何度考えても結局その間違いは分からず仕舞いで、かといってそこから他に思考は移ってくれない。
考えすぎてお腹が空いたし、告白を断ったら悪態で返されるという小さな心労も負った。
それだけで、ああこのまま練習をさぼってしまおうかという気になってくる。

(別に良いよねー…)

良いこともないと思うが、ここ数日自分は特に何かしでかしたわけでもないし(何をするにもうわの空だったというのもあるが)、今朝も朝練にはしっかり間に合った。
午後練に参加しなかったからといって竹刀をくらうことはないだろう(…と思う)。
そうと決まれば帰るまでだ。体育館の方角からくるり背を向け、歩き出そうとしたその瞬間、紫原の視覚に赤い何かが映り込む。

いまのはいったいなんだろう。

ちらり視界に赤が掠めた。
見慣れた色と、未だピンとこないくらいの短さに揃えられた前髪。文明開化のザンギリ頭。

いやいやいやまさかまさかまさか。

あれは自分の想いが募り募った結果の幻覚だと、とうとう幻影でも陽炎でも見えるようになったのだと(室ちんがワザにヘンな名前つけんのがいけないし!)心の隅っこでむくむくと湧き上がる期待の裾を掴み抑えるのだが、心臓が徐々に早鐘を打ち始める。
きっと、このところ赤いものばかり目で追ってきたから、恐らくその延長のはずだ。
正体見たり、ということわざもあるくらいだし、きっとやけに色鮮やかな色目の落し物だろう。
もしくは姫リンゴでも生っているのだろう。

(椿はもう散っちゃったよねー…。)

花だろうとりんごだろうと、とにかく正体は何でもいい、赤い何かであってくれないと。幻覚だなんて笑えない。
仮に何らかの幻覚だったとして、自分はそれをどうするというのだろう?誰かに相談する?病院に行く?それはやめたい。
ただでさえ病院は嫌いだし(消毒液の匂い、どんよりした空気、まっしろい空間。身長を計測する度予防接種あるいは採血するため長い腕を差し出す度、広い胸に聴診器をあてられる度レントゲンを撮る度、心電図を調べるため寝転ぶベッドがいつも小さくて戸惑われる度、いつも感じる奇異の視線。失敗した治験の実験台を見るような憐れみの目)、第一どう切り出せばいいというのだ。

せかいでいちばんだいすきなひとと、きょりをおくことにしました。

そしたら、げんかくがみえるようになりました。

…そう、結局。
赤司のことを忘れることも諦めることも出来ずに、彼のことばかりを考えてこの4日間を過ごしているのだ。
最終的に幻覚が見えたって、おかしくも何ともない。

焦る逸る心にいつの間にか俯いていた視線を意を決して持ち上げると、その先を見据えた。
ちらり赤く見えたその先を。今度はしっかり。まっすぐ、正面から。


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