▼ その後
応対してくれた彼の母は意外にも何も驚かず、ごめんなさいね、あの子意地っ張りだから、と申し訳なさそうに笑っていた。
きっと昨日のことを何から何まで聞いて、足りない部分は想像して補って全て把握しているのだろう。
彼は、照れていたりするとき以外はどんなことも基本的に開け広げだ。
きっと不機嫌に、もしかしたら悲しそうに帰ってきただろう紫原。
その彼を前に、人一倍子煩悩な彼女が理由を尋ねないわけはない。
今回全く非のなかった紫原に、それを隠す理由もない。
「あつくん〜、赤司くんが心配して来てくれたわよ〜。降りておいで〜。」
「…は?え、え!!??ちょ、待ってママちん何勝手にうち入れてっし!」
ケンカしてるって言ったじゃんー!
「だってわざわざ会いに来てくれたんだから。それに今日休んじゃったのはあつくんでしょ。」
仲直りしたいなら、避難訓練には出なくても良いから朝ちょっとだけでも行きなさいって、ママ言ったじゃないの。
紫原家の風通しは、清々しいほど良い。
ケンカもよくするし、でも仲いーの、ママちんもパパちんも大好きだよーと中学生だというのに照れもせず彼がのほんと語るその理由は、一度でもこの家を訪れれば分かる。
温和で、だが快活な母親。
そして、体格も大きいが、性格も大らかで何事も包み込んでくれそうな父親。
(ときに取っ組み合いのケンカもするという。そして、キレると結構怖いらしい。自分がすぐかっとなるのはその関係かも、と紫原が以前言っていた)。
2人とも紫原を一番に思い、彼のことを他の誰よりも慈しみ愛しているのだ。
…きっと今回も何があったか、紫原が何を思っているのか、全てを把握しているのだろう。
「でーもー、」
奥から、2階から声が聞こえて、怠そうに上から下りてくる足音がする。
素足でフローリングの階段を下る、ぺたぺたという音。
降りてきた紫原の姿に、しばし止まる。
(…いや、確かに今日は暖かいけど、)
彼の体格より、二回りほどさらに大きいTシャツに、バスパンのような薄い素材の素材のパンツ…環境というものは家庭それぞれで違うものだが、さすがにそれは下着なんじゃないのか。
俺の感覚だと、例え下にボクサーパンツをはいていようがなかろうが、それは下着だ。
それで母親の前に、あるいは訪ねてきた同級生の前に降りて来れるその感覚が、俺にはなくて面食らう。
1階へとたどり着いた紫原と、目が合って息をのむ。
対する紫原は、ホームグラウンドだからというのもあるのだろう気にもしていない感じで、険悪というよりはゆったりとした雰囲気でいる。
紫原の母上は、じゃあ、ちょっとママ外すね、赤司くん、ごゆっくり、と出かけて行った。
「…紫原、」
「…なーに、」
気遣われ、2人残された居間。
俺にそう見えるだけかもしれないけれど、刺すような紫原の視線が痛い。
紫外線みたいに体中に降り注いで全身が刺激されたみたいだ。
いつも長閑で耳に優しい彼の声も、今は心なしか辛辣な響きを含んでいるように聞こえる。
「…ごめん。」
謝ったところで、はい、そうですかと許されないのは分かっている。
もしかしたら、お前は今すぐ俺を追い出すかもしれない。
その高い視線から見下して。軽蔑される、不快な顔をされる。
でも、伝えなくちゃ、いけない…。
「ごめん」
「…」
「ごめん、俺が、」
全部、悪い…。
八つ当たり、みたいなこと、して、ごめん。
理不尽にお前のこと…なじって、
お前、何も悪くないのに。
「…赤ちん、」
それ以外の言葉を全て失ってしまったかのようにただごめん、と繰り返す俺に紫原は手を伸ばす。
昨日のことがあって紫原を相当怒らせているという負い目がある俺は、条件反射でびくりと身を縮こませた。
だが紫原はその長い指で俺の顔に優しく触れ、いつものように柔らかな声音で告げた。
その間中ずっと、俺の頬を目尻をふわふわ撫でながら。
「赤ちんさ…謝んの素人でしょ誰かん家に謝りに来るのも初めてっしょ。」
視線の先には俺の持つコンビニの袋。
しまった、すっかり忘れていた。慌てて差し出すと、あ、やっぱそれ俺にくれるの?ありがとー、と受け取りながら紫原は続ける。
「…こーゆーときはねー、何もなくていーの。ごめんね許して、で、終わんの。」
諭すような口調に、上目で紫原を窺うと(この体勢だと必然的にそうなってしまう)、険しかった(と俺が思い込んでいた)はずの視線が柔らかく、眼下の俺に笑いかけていた。
菓子折りつけるのは、怪我させちゃったとかおおごとのときだけ。
…俺はそれもよくあったけどね。
ていうかそういうときは菓子折りだけじゃダメ。
ママちんかパパちんか、ほごしゃのかたについてきてもらわなきゃ。
からかわれているのか本当に諭されているのか。
常識がないと指摘されたようで恥ずかしくて顔が真っ赤になる。
でも今はそんな場合じゃない。可能な限り、伝えられる限り、ともう一度謝ると紫原はまた笑った。
いつもの、向日葵みたいな笑顔で。
もういい、赤ちん。俺の方こそ、
「ごめんね。」
何で、お前が謝るんだ…?
お前は何も、悪いことなんてない。
俺が、悪いんだ。…ごめん。
「良いんだし、赤ちん。」
(俺、あーゆー感じで、理不尽に怒られたり、ほんと慣れてんの。)
(慣れすぎて、気にもなんないの。赤ちんだったから、ちょっと、悲しくて、辛かったけど…。)
世辞も隠し事もない、率直な言葉が胸を刺す。
「だけど、」
と、紫原は一呼吸置いた。
(だけど、…こんな、わざわざ謝りに来てくれたのなんか、赤ちんが初めてだよ。…んーん、謝ってくれたのだって、赤ちんが初めて。初めてってすごいね、前人未到じゃん。ん、…何か、超嬉しい。
…ていうか、それもだけど、…何か違うの、違くて、赤ちんだから…なのかな…?
来てくれて、すげー、嬉しい。)
そのあと最後まで一気に言い切った紫原は、いっそ晴れ晴れしいくらいの笑顔をしていた。
(しかもチョコとまいうとねるねつきで。すげー可愛いの。ねえねえこんな俺得、許されると思う?)
…何だろうこれは。この嬉しくて、くすぐったくてふわふわした気持ちは。
あれ、もしかしてこれは、いわゆる惚気ってやつなんじゃないのか…?
俺がそう気付く頃には、俺の体はふわり紫原に包み込まれていて。
俺はそれに気付いた後すぐ、再び上を向くことになった。
end.
多分、そういうことに続いて。続・キスをしました///(分かりづらい!笑)。
中1から付き合ってて高1まで何もない紫赤もきゅんとしますが、元々ラブラブな紫赤でもきゅんてなります。
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