Black Joke [1/1]
「メアドも消すから。」
『うん、わかった。じゃあ……。』
その後ろ姿を、あっけなく手を振って見送った。
見えなくなってから、アタシは堪えた瞼のまま空をあおいだ。
『……フラれちゃったぁ……。』
こんな気持ちのときは、無性にあんたに笑い飛ばしてほしくなるんだ。
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「……で、またかよ。」
『うん、また。』
こいつはオレの幼馴染み。
お互いをガキの頃から知っている。
『どーぞ、いつもみたいに笑っちゃってな。』
「同じネタでそう何度も腹抱えられるわけねぇだろ。それに今回はオレだっておあいこだ。」
『うっそ、いつ?』
「つい昨日だな。さっぱり別れた。」
『でもいーじゃんサソリは。どうせまた他の子と付き合えるんだから。』
「んな何回も取っ替え引っ替えしたってしょうもねぇだろ。変にうつされても困るしな。」
『うつすって、何を?』
「性病。」
『あーなるほど、ヤることはしっかりヤっておくと。さすがはサソリ、その点はちゃんと抜かりなし……ってあんた最低。』
蔑みというより、冗談めかしにそう返してくるname。
今でこそ会う機会も減ったが、それでも奴はこうしてたまに、いつも何でもないような世間話をしにやってくる。
勝手のわかるオレのアパートの、隅のベッドにボフンとその身を横たえた。
『あーあ、もう何でうまくいかないかなぁ。』
そうは言ってみたものの、別段落ち込んだ素振りも、泣き出してすがるような様子もない。
こいつは付き合って別れた後も、いつもヘラヘラしていた。
「……また向こうからだろ、フッてきたの。お前男見る目ねぇんじゃねぇの。」
だが尻軽なのとは違う。
もっとああしていれば続いたとか、もっとこうしていればよりを戻せたんだろうとか。
奴が男に抱いた気持ちは、いつだって本物だったことをオレはよく知っている。
『違うよ。別に誰が悪いわけでもない。』
「じゃあ何で別れたんだよ。」
『さ〜あ?』
「……お前いつも報告はしに来るくせに、そうやって肝心の中身誤魔化すよな。」
『別にあんたを巻き込んだって、今更何が解決するわけでもないし。それにサソリだって、こんなねちっこい他人の別れ話なんか聞きたくもないでしょ?』
「知ってるか?幼馴染み相手にまでそういう気の回しようをする奴のこと。」
『“親しい仲にも礼儀あり”?』
「悪い意味じゃ“他人行儀”っつうんだ馬鹿。」
『要らんことばっかり知ってるねサソリは。』
ごろん、nameはうつ伏せた体を反転して伸びをする。
衣服がめくれて腹が存分に見えたが、今更そんなもんを気にするような間柄でもない。
『でもやっぱりさぁ、いーよねぇあんたは。女の子に困らないで。』
「……別に。」
『付き合ってからだって、それなりに続くんでしょ?素直に羨ましいよ。』
「そうでもねぇよ。」
そう、そうでもない。
奴と同じで、続いたとしてもほんの二、三ヶ月。
今までいろんなタイプの女と付き合ってはみたが、どうも違う。
……何か、うまくハマらねぇ。
『なぁんだ、サソリもアタシと一緒かぁ。』
そうしてまた、ごろん。
背を向けたnameがさっきにも増して露で、素肌に通る背筋が曲線を描いている。
オレは奴に近づいた。
近づいて、ベッドに腰かければ……乱れた髪の茂みから覗くうなじが、このとき何故かグッと来た。
「……おい、起きろ。」
『ん〜、何でぇ?』
「いいから起きろ。」
それでもお互いが付き合うことをしなかったのは、今の関係で充分馬が合ったから。
―――恋愛関係じゃもったいないくらい……かけがえのない奴だと思えたから。
「恋、するか。」
『………え……?』
今更奴をそんな目で見ることが可能なのか、そんなことオレにもわからない。
「オレたちで恋愛、してみるかっつってんだよ。」
それでもオレは、真っ直ぐnameを見据えてそれを告げる。
むくりと起き上がった奴の顔からは、サッと笑顔が消えていた。
次には半ば怒ったように切り出し、口を尖らせた。
『……冗談よしてよ。』
「冗談じゃねぇ。」
『どうせアタシのこと、からかってるんでしょ?でも悪いけどその冗談は、笑えない。』
「冗談だと思うなら、笑えよ。」
『笑わない。』
「何で。」
『同情ならやめてって言ってんのよ!!』
「そんなんじゃねぇよ。」
何故ならオレも、奴と同じ。
男女であることだけを理由に、他人とどちらからともなくくっついたり、離れたりの日々。
そんな関係に嫌気が差したわけでもないが、確たる何かが欲しくなったのも事実だった。
「笑い飛ばしてみろよ。オレがいつもしてやってるみたいに。」
『…………。』
「所詮ただのジョークだと割り切るなら、今ここで笑い話にすればいい……それでこの話は無かったことにしてやる。」
オレがそれを促せば、奴はゆっくりと口を開けた。
そうしてぎこちなく、両頬に口端を持ち上げて……歯茎を見せたところで、
―――笑い飛ばそうとしたままを、抱き締めた。
『………4人目……。』
昔からあれほど近くに居て、このとき初めて、オレはnameを抱き締めたんだ。
「あ?」
『4人目だよ。あんたで4人目……不吉。』
思ってたより華奢で、オレの腕にすっぽり収まったnameが、そう呟く。
そういえば、nameが別れただのフラれただのを報告しに来たのは、これで三回目だった。
「んなこと気にしてんのか。」
『嫌いになりたくない、嫌われたくもない……サソリとは恋愛どうこうに関係なく、この先ずっと居たいと思うから…。』
耳に届くその声が、震えていた。
まぁ奴からしたら、男女の付き合いには別れが付きものなんだろう。
オレだって経験上その末路が常で、今回だって例外じゃないかもしれない。
だがオレには確証があった。
「多分、死ぬまで一緒にいてやれる。」
途端nameはオレを引き離すと、不意を突かれたような顔でオレを見る。
「そういう数字だ、4ってやつは。」
再び引き寄せた頭部を抱え込めば、オレは腕に力を込める。
そのうち顎をオレの肩に預け……nameは上を見ながら、ただひたすら産声のような泣き声をあげ始めた。
(……あぁ、そうか………。)
オレはようやく、それに気づいた。
いままでずっとそこにあったのは、紛れもない愛しさだったということを。
2015/1/31
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参考資料:『Black Joke』/KinKi Kids
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