短編 | ナノ
世界終幕基準線 [1/1]














―――今日で、世界は滅ぶらしい。
























世界終幕基準線












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よく心理テストなんかで“明日世界が滅ぶなら、それまで何をして過ごしますか?”って質問があるけど。



今回のケースは本日付、10時間後……どう考えたって、急すぎる。






「name、オレと日付変更線を目指そう。」






そんなとき、恋人である彼が最後に望んだ“やりたいこと”。






朝のニュースの衝撃に、まだ入り浸っていたアタシは。

びしょ濡れの袖口に、視界の半分を塞がれた状態で聞き返す。






『……っどうして…?』

「日付変更線を越えれば、昨日の日付に戻れるからな。」

『……ふぇ…』

「それを何回でも繰り返せば、今日という日は来ない。そうすれば、nameが泣く理由も無くなるだろう?」






……一瞬あのイタチが、気でも違ったんじゃないかと思ったが。

テーブルに真っ白いお皿を並べて、フライパン片手に盛り付けをする彼はいつも通り、何ら変わりない。






―――でも忙しい朝は、決まってイタチの目玉焼き。

料理上手なイタチだけど、こればっかりは、普通の味だ。






「食べたら早速出かけよう。」

『……会社は…?』

「もちろんサボりだ。入社以来、これが初めてのな。」






そう言って、いつになくふざけたようにはにかむイタチを見て。



……アタシは尚更、この時間が惜しくなった。
























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『飛行機、やってて良かったね。』

「あぁ。」






足を運んだ機内には、故郷に帰還しようとする人たちでごった返していた。



家族、友人、恋人……みんなそれぞれの土地に、やはり未練があるのだろう。






『それにしても、まさか手ぶらで飛行機に乗れる日が来るとは思わなかったよ。』

「あぁ。」

『人間、極限状態になると、お金とか物欲とか。人種とか、紛争とか宗教とか……そういった概念がどうでもよくなるんだね。』






朝、テレビの中のリポーターが言ってた。



今まで世界を揺るがしていた、幾度となく起こる戦争紛争は。

世界の終末に向け、全部ストップしているらしい。






『……なんか、悲しいね。そういった状況に陥らないと、世界は平和になれないなんて。』

「そうかもな。」






アタシが感慨深く言ってみても、イタチは淡々とした返事しか返さない。

チラリと見れば、彼は小窓の外に見える雲に、ただ視線を落としていた。






―『ふあぁ〜もう駄目、疲れたぁ。明日も早いから、もう寝〜よおっと。』―

―「そうだな、たまにはnameも早めに休んだほうがいい。」―

―『イタチはまだ起きてるの?お仕事大変だねぇ。じゃあ、お先〜。』―






そうして昨日一人、早めの眠りについたアタシはきっと負け組。






……せめて昨日のうちに、その事実を知れていたら。

アタシは最後に残された貴重な夜を、しっかりイタチに愛して貰えたのに。
























『イタチ……』






愛してるんだよ。






「何だ、name。」






すっごくすっごく、愛してるんだよアタシ。






『…っ……、』






本当は、握りたい。

何度もアタシを愛してくれたその手を、最後の最後まで感じたい。



なのにアタシは、ひじ掛けにあるそれを見つめることもままならずに視線を逸らしていた。






―――だってその温もりを、忘れてしまうのが怖い。






―「……明日。帰ったら、シようか。」―

―『っ!??』―

―「だからあと一日、頑張れ。」―






あと数時間で、彼の存在すらも意識の果てに消えていくのに。



そんな折に……本当の意味で愛し合うことなんて、不可能なんだ。






「“まもなく、ホノルル国際空港に到着いたします。お降りになるお客様は、お忘れものをなさいませんよう……残りわずかなお時間を、有意義にお過ごしくださいっ…!”」






スピーカー越しに感極まるその声すら、既に意識のはるか遠くで響いていた。
























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ちょっとは、アタシも期待してたみたいだ。






イタチがあそこまで拘るからには、その場所には本当にワープゾーンか何かが存在して。

あの何も知らない幸せな日々に、戻れるんじゃないかって。






「世界はどこも、変わらないな。」

『……うん…。』






日付変更線を越えて、ハワイ北西部の海岸まで来たアタシたち。

その視界に映ったのは、変わりようのない世界の末路。






時刻は午後4時―――夕焼け色に染まるはずの空が、真っ黒く淀んで渦を巻いている。






『こんなときにばっかり、予報が当たるなんて…ズルいよね……。』

「…………。」






世界の終幕まで、残りわずか1分。

散々泣いたあとのアタシが流す涙は、一滴も無かった。
























―――すると自分の世界に入り込んでいたイタチが、その手をアタシの指に絡ませる。






「name……」

『…!』






見ればイタチは、こんなときでも穏やかそのもので。

ただ唯一強風が吹き付けて、彼の髪が大きく乱れる。






「あの世へ行ったら、何をしようか。」

『!』






そうして風に煽られ、顔にかかる髪を撫で付けると。

イタチは横のアタシを見て、涼しげに首を傾けた。






―『旅行に行くなら、どこに行きたい?アタシはねぇ、ハワイ!』―

―「そうか。オレは、そうだな……」―
























―――逝くんじゃない。行くんだ。






―「nameがいるなら、どこへでも。」―






それこそ旅行感覚で、まだ見ぬ未知の世界への思いを馳せ。

ついには空がいろんなものを呑み込んで、轟音をたて始める中。






アタシは手にある温もりを、しっかりと握り返した。






『食べたいな。朝はイタチの目玉焼き。』

「……あぁ、了解だ。」






そうして、あと10秒で世界が終わりを迎えても。



アタシたちの終幕は、まだまだ先の話らしい。






2014/03/15
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