03
たまには健康のためにと車を使わないでなるべく電車を使うようにしていた。もちろん、今日の取引先がさほど遠くないこともあるのだが、一番は、
「・・たるんだ?」
と恋人に言われてしまったからだったりする。数年前までは食べても太らなかった気がするが、年齢というのは残酷なもので、今は食べた分だけご丁寧に体に反映される。いや、確かに最近は外食が続いていた。
ふと、マンションの近くの交差点で見知った背中を見つけて唐沢は思わず口元が緩んだ。そのまま赤信号が青に変わるのを手持ち無沙汰に待つ背中に声をかけた。
「キリ」
「克己、」
ぱっとこちらを向いた顔は少しだけ綻ぶ。信号は、まだ赤だ。
「買い物帰り?」
「そう、最近行けてなかったし」
キリの左手にぶら下がる買い物袋をそれとなく受け取って左手で持つ。
キリは空いた左手をちらっと見る。反対側の信号が、点滅し始めた。
「いってくれれば車を出すのに」
「別にいい」
「またそう言う・・ほら」
こちらの空いた右手を差し出せばキリはぶわわ、と頬をりんごのように赤くさせて手を払いのける。代わりに、ぎゅっと唐沢の腕に腕を絡ませる。
「・・・・恋人手繋ぎなんて、子供扱いしないで」
「こっちの方が距離が近くなるけど?」
「何か問題でも?」
子供扱いするとかしないとかにこだわったり、そうやって耳まで真っ赤にさせてぐっとこちらを睨む瞳もすべて唐沢からしたらキリの嫌う「可愛らしい」なのだが、うっかりそれを口走ろうものなら最後、この腕は振りほどかれてしまうのだろうから、代わりに唐沢は笑みを浮かべた。
「いいや、帰ろうか」
代わりに浮かべた笑みと言葉はどうやら正解らしい。キリはちいさく返事をしてぎゅ、とこちらへ寄ってきた。
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