いとしけりゃこそ、しとと打て(1)
「ねえ、すごい」
そう言って腕の中のキリは唐沢を揺さぶって起こすなり携帯の画面を見せた。暗い部屋の中で見せられたいきなり眩しい画面に唐沢は小さく呻く。
「・・・・眩しい」
「え、あ、はいはい」
慌ててキリが画面の明るさを暗くしてようやくそれが見えた。
画面には何かのブログらしきものが映っていて、中央にはきれいに装飾を施された大きなツリーと様々な電飾が映り込んだ写真が載っていた。
「・・イルミネーション?」
「すっごく綺麗なんだって、ニュースの特集でやってて気になったから調べてみたんだけどクリスマス当日には特別にいつもと違うイルミネーションになるんだって」
「へえ? それで?」
珍しくそう言うキリを意味ありげに見てやれば、ばっと真っ赤になって顔をそらすとこちらに背を向ける。
「べ、別に、そ・・それだけ!」
素直に一緒に行きたい、と言ってくれればいくらでも連れていってやるのに。いつもは此方にお構いなしで振り回す癖に、何かしてほしい時だけはいつも受け身で此方の出方を伺うのだ。
もごもごとそんな声が聞こえてきて唐沢はくすくす笑うとぎゅうとその背中を引き寄せて抱きしめる。
「クリスマスか。いいんじゃないか夜なら特になにもなかったはずだし、行こうか。もちろん、キリがいいのならば」
「! いく!」
ばっと嬉しそうに此方を向いてそう言ったキリは微笑む唐沢とばちり、と目が合うと慌てて目をそらすと逃げるようにそのまま布団を頭からかぶった。
「あんたが行きたいってならい、いってやる」
「はいはい。キリと行きたいです」
「はい、というわけで今年もやってまいりました“チッチキ! 今年も悲しい独り身はボーダー本部でクリスマス過ごそうぜ! の会”〜」
「いえーい!!」
米屋のそんな言葉に出水の隣の国近がジュースの入ったコップを高々と上げる。もう片方の手にはがっちりゲームのコントローラーが握られていて、きっと彼女のクリスマスは全てゲームで終わるんだろうなと出水はひそかに思った。
「虚しい会だな・・・・っつーかもうほとんど全員じゃねーか」
ぐるりとラウンジを見渡せばいつも以上に集まりのよい本部の面々に出水は苦笑いする。
「皆でいればクリスマスだって悲しくない! うるさいぞ振られた弾バカ〜」
「誰が振られた弾バカだ、槍バカ。ぶっ飛ばすぞ」
「そうだぞ、振られた弾バカ〜。今日は私、ゲーム以外何もしないって決めたんだもんね〜」
「それ通常運転でしょ柚宇さんは。ってか振られた弾バカってかなり心にくるんで辞めてください」
「おい、じゃじゃ馬は?」
ふと後ろからかけられた声に出水は溜息をついて振り向く。振り向いた先にいたのは太刀川だった。
「キリは相手がいるじゃないっすか。っつーかほどほどにしてくださいよ、風間隊の次はうちが任務なんですから」
「あー? そうだっけか」
「えー? そうだっけ〜?」
「あー、ダメだ。終わってる」
項垂れた出水をよそに太刀川は持っていた菓子の袋に手を突っ込みながら言う。
「? いるぞ。あいつ」
「あいつ?」
太刀川の視線を追った先にいたのは、東と沢村だった。だいたいこの日は酔った沢村に東が絡まれているのだが、今年ばかりは沢村が誰かをなだめる側に回っている。もちろん、東もーーということは誰がなだめられているんだ?
「もー! 鍵も変えてやるー! 私物も全部燃やしてやる〜〜!」
そう叫ばれた声は聞き慣れた声で。米屋、出水、国近は顔を見合わせる。
「克己なんて大っっっっ嫌い!!!」
そう言って顔を上げて叫んだのはこの場にいるわけがないキリだった。
「・・・・で、なんでここに?」
恐る恐る一行はキリに近付くと、太刀川は沢村に聞いた。
「本当は今日約束してたんだけれどドタキャンされちゃったんだって」
「唐沢さんがー? 意外だな。で、今仕事なの?」
「・・・・仕事。海外。殺す」
「うへぇ・・海外」
最後の物騒な単語は華麗に無視して米屋が肩をすくめる。
「なんだよ。うるせーのいるなと思ったらクソ秘書かよ」
「ひ、秘書さん・・?」
「あれてるなぁ」
「キリ生きてるー?」
諏訪をはじめとした諏訪隊がひょっこり顔を出した。東はそんな彼らに苦笑いしながら首を振る。
「こりゃダメだな」
「ダメっすね。たぶん今ちょっかい出すとぶち殺されますよ」
「ぶ、ぶちころ・・!?」
戦慄する笹森の隣の小佐野がキリの頭を撫でるとポケットから棒付きキャンディーを取り出す。
「キリ飴なめる?」
「〜っ、瑠衣〜!」
「よしよーし」
「・・東さん、秘書ちゃん酔ってます?」
「あー、それが俺の缶チューハイ間違えて一気飲みしてた」
「うっわ、コイツ酔うと泣くしうるさくなるのかよめんどくせぇ」
「うるさい立方体!」
「誰が立方体だコラ。よしブース入れ、ぶっ飛ばしてやる」
「のぞむとこよ、返り討ちにしてやる!」
「ちょっとキリちゃん」
沢村の制止も虚しくキリは立ち上がると諏訪と睨み合いながらブースへと消えていった。
「いいな、次は俺と戦ってくれねぇかな」
「キリいっけー! すわさんぶっとばせー!」
「おサノ先輩!?」
困ったような沢村と目が合って、出水は思わずため息をついた。
prev /
next