02
時は遡り一か月程前。
携帯に入れていた目覚ましアプリの音が軽快に響き、キリは目を覚ましたーーと、同時にずしりと体に重い物が乗っているのを感じる。
確認しなくても分かる、どうせ唐沢の腕だ。現に抱きしめられるような形で寝ていたのか、まったく身動きが取れない。こういう時に、もともとスポーツマンだった事を実感する。
まだどうせ起きなくてもよい時間だし、と言い聞かせて何とか寝返りを打つと唐沢と向き合う形になる。
いつもはオールバックでまとめ上げられた髪はさらさらと顔にかかっている。ちらりと垣間見えた寝顔は案外若く見えたりした。
腕といい、胸板といい鍛えられた後の見える体は思えばきちんと見たのは初めてかもしれない。そういう場面の時は、決まって恥ずかしくなって顔をそらしてしまうから。
ふと、ちょっとした好奇心が湧いてその胸板に指を滑らせた。お世辞にもアウトドア派ではない自分にはない、筋肉。
「・・・・誘ってるのか?」
ふと頭上から寝起きで少し乾いていて、だけれども心底楽しそうな声が降って来てキリは慌てて指を離す。
「ち、ち、ちがう!」
「へえ?」
そのまま顔を寄せられて、額がぶつかる。ふと合った瞳はじっとキリを見つめていて離さないーー先に、目をそらしたのはキリだった。そのままぐいぐい寄ってくる唐沢の胸板を押す。
「ばか、朝から盛り上がるな!」
「盛り上げたのはどこの誰だ」
それ以上の反論はキスで消えた。一瞬だけ触れて、すぐ離される。てっきりそれ以上やるものだと覚悟してぎゅっと目をつむっていたキリは、あれっと間抜けな声を上げた。
「おはようございます」
「お、お、おは・・よう」
目を開いてぱちぱちと瞬きをするキリに唐沢はふ、と笑ってキリの頭を撫でると体を起こす。ふと、いつまでたってもぼんやりするキリに、
「なんだ、襲ってほしかったのか?」
なんていうものだから、キリは真っ赤になってそっぽを向く。
いつも通りの朝だった。
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