恋は思案の外 | ナノ

02


「ほんとだ、トリオン体移動の方が早いんだな」

 記者会見の会場につき、唐沢に連れられるままに裏口へ行けばトリオン体の換装を解くキリがいた。空閑はそう言ってキリを見る。

 「信号は関係ありませんから」

 「なるほど」

 そのまま少し開けて会場を見る。ちょうど、根付の仕込みの記者によって隊務規定違反をした三雲に話題が移ったところだ。
 三雲が目を見開く。

 「始まったな」

 「あれが根付さんの仕込みの記者ですか」

 じとっと記者を睨むキリの言葉に空閑と三雲が反応する。

 「そうだ。記者の矛先をボーダー全体から一人の隊員に誘導する役目だ。手ぶらで返せば何を書かれるか分からないからな。分かりやすいネタを提供したのさ」

 「ようは三雲くんに責任丸投げ」

 三雲はじっとキリと唐沢を見、ゆっくり口を開いた。

 「・・・・唐沢さんたちは、これを見せるためにここに連れてきたんですか?」

 「違う」

 すぱっとキリは三雲の言葉を切り捨てる。

 「唐沢部長はしりませんけど、私としてはただただ三雲くんにこれをみせて追い打ちかけようって気は毛頭ありませんから・・・・何か、言いたいことは?」

 じっと見つめるキリから目をそらすと、三雲は呟く。

 「・・・・ぼくは、何もーー」

 「オサムおまえ、つまんないウソつくね。病院で頑固な性格まで直してもらったのか?」

 その言葉にはっとする三雲をしり目に、キリは唐沢を見た。

 「もう始まって大分たってますけど」

 「大丈夫だ。行こう。西条くん、つれていってやってくれ」

 「此方へどうぞ」

 そのまま裏口から会見場へ入ろうとするキリに、三雲は慌てる。

 「どうぞって、」

 「・・・・私、三雲くんの活躍ききました。あなたがC級の時に警戒区域外でのトリガー使用について城戸司令に詰問された時の話も唐沢部長から聞きました」

 ぐっと扉を開けるとキリは真っ直ぐ三雲を見つめる。

 「そのうえでもう一回聞きます。何か、言いたいことは?」

 すっと三雲は短く息を吸うと前を向いた。その表情に、キリは少し目を見開く。

 「・・・・空閑、悪い。ちょっと行ってくる」

 「おう、行ってこい」

 「秘書さん、大丈夫です。一人で行けますから」

 その真っ直ぐな瞳にキリはちょっと笑った。どうやら、彼から学ばなければならないのは言葉の使い方だけではないらしい。





 「すっごいや」

 キリはランク戦の模様映し出されるモニターを見つめて呟く。すっかり見入ってしまったことによって、カップの中のコーヒーは冷めていた。
 モニターには、ランク戦を脅威のトリオン量と戦闘能力で軽々と勝っていく玉狛第二が映っていた。そこに、三雲はいないが。

 「・・・・どうだった、この前の記者会見は」

 「なんていうか・・・・あれで本当に年下? って」

 「そこか」

 心底楽しそうに笑う唐沢をキリは睨む。

 「わ、笑うな笑うな! だってーー」

 「ひーしょちゃん」

 「ひゃっ!?」

 言い返そうとしたところで不意にそんな囁きが耳元で聞こえてきて、キリは椅子から落ちるーーが、その前に誰かに受け止められた。

 「相変らず、秘書ちゃんはいちいち反応可愛いね」

 からから笑いながらそう言ってキリを受け止めたのは迅だった。キリはばっと迅から離れると距離を置く。

 「ば、ばっかじゃないんですか!? いきなりこんなことするなんてセクハラです!」

 「・・・・迅くん、あんまりうちの秘書の機嫌損ねないでくれ。ご機嫌取りは苦労するんだ」

 「やだなぁ、唐沢さんあまり怒らないでくださいよ」

 そう言うと迅はキリの座っていた椅子に腰を下ろす。

 「ちょっと! そこ私の席!」

 「大丈夫大丈夫、もうすぐキリちゃんにはお迎えがくるからさー」

 「はあ?」

 「・・・・そういえば迅くん、今日は三雲くんは?」

 「まだ体調が万全じゃないんですよ、記者会見で頑張っちゃったから」

 そう言えば、と迅はキリを見つめる。

 「大規模侵攻はキリちゃん活躍だったんだって? ごくろうさま」

 「あ、ありがとうございます」

 すっかり迅のペースに流されてキリはたどたどしくお辞儀をする。そんなところで、後ろからキリを呼ぶ声が聞こえる。こちらは、いつもの聞き慣れた二つの声だった。

 「あ、いたいた。おい! キリ!」

 「キリ、今暇ならいっちょ戦ろうぜ!」

 「あんたらねぇ・・」

 キリは振り向くと、出水と米屋を睨みつける。ただ、二人ともこのキリの表情はまんざらでもないものだと分かっているのでキリの手を掴むと唐沢と迅を見た。

 「唐沢さん、ちょっとキリ借りていきますから〜!」

 「どうぞご自由に」

 「ばっ!? 私の意志無視すんな!」

 「キリちゃんは相変らずーー」

 ばたばたとあわただしく去っていく三人を眺めていた迅が、ふと固まると目を見開く。そして、唐沢を見る。

 「唐沢さん、」

 珍しく表情を崩す迅にただ事ではならぬことを感じて唐沢は無言で続きを促す。

 「キリちゃんが、危ない」

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