恋は思案の外 | ナノ

割れ鍋に綴じ蓋


 二週間の出張を伴う仕事が終わったので、そのまま直帰して書類に目を通していた。
 おおむねスポンサーからの資金提供をする代わりの条件なのだが、城戸が素直に頷いてくれそうな好条件ではないので大きく息を吐いてイライラと目頭を押さえる。

 一言で言ってしまえば自分はボーダーにおける外部への交渉係であり、よく言えば橋渡し、悪く言えば板挟みされるなんとも面倒な役回りである。かといってこの仕事に不満はないし、天職だとも思う。じゃあ、なぜイライラするのか、理由は一つ。原因も分かっているーー彼女のことばで言うなら、あんたのせいだ! といったところだろうか。

 温かいコーヒーが入ったマグカップと灰皿を持って換気扇の近くまでいき電源を付けると、つい一週間前に買った煙草の箱を取り出す。残りは一本。どうせ帰ってきたら吸いたくなることもないだろうし対して気にせずからの箱をゴミ箱に投げた。つい半年前ぐらいまでは水を飲むのと同じ要領で吸っていたものだと考えると心底笑えて来る。なんせ、煙草を減らしたのも自分よりいくつも年下の少女のせいだと来た。ちょっと昔までは考えられなかった。
 ふと時計を見るともうすでにこの部屋にはもう一人うるさい居候がいてもいい時間なのに、部屋は静寂に満ちていた。

 これが逆の立場なら真っ赤になって怒鳴り散らすだろうに。まったくいい身分だ、と思いつつ煙を吐き出せばそれと同時に勢いよくリビングの扉が開いた。

 「さいっあく!」

 聞き慣れた文句を言う声に自然と笑みが漏れる。そのまま、まだ長い煙草を無造作に灰皿に押し付けるとひょっこり台所から顔を出す。

 「どうしました?」

 リビングには何故か全身びしょぬれで同じくらい濡れた学校のカバンとスーパーの袋をひっさげたキリがいた。キリは唐沢に気付くなり、ぱあっと目を輝かせてこちらに駆け寄ってくる。

 「! 克己!」

 しかし、ちょっと思いとどまって咳払い一つすると表情をいつもの仏頂面に変える。

 「お、お土産買って来たんでしょうね」

 「もちろん。お気に召すかどうかはわからないが」

 「あ、あっそ」

 そう言って言いよどむキリを強引に引き寄せて、キスしたくなる衝動を抑える。その代わりにキリの頬に手を添えると続きを促すようにそっと親指で唇にふれる。
 キリは分かっているんだろうか、態度だけはどうでもいいと言いたげなもののくせに、唐沢に触れようとするのを押さえる指だとか、ちらちらこちらをうかがい見る視線ですべてこちらはお見通しなんだという事、そしてそんな態度や仕草にどうしようもなく理性が逆なでされることに。

 「・・・・お、おかえり」

 「・・はい、ただいま」

 やっと絞り出せた言葉に唐沢は柔らかく笑ってキリの頭を撫でる。

 「・・で、雨にやられたのか」

 土砂降りの雨がふる窓の外にふっと視線をやりつつ唐沢は訪ねる。

 「そうなの! リンスなくなったから学校帰りに寄ったらいっつも買ってるリンスはないわ、途中で雨降るわでさいっあく」

 「それはそれは。なんにせよ風呂に入ってこい。風邪をひく・・・・それと、お前、透けてるぞ」

 「は? な・・・・・・」

 気付いたキリは慌てて通学カバンを唐沢に投げると洗面所に駆けこんでいく。そんなキリの背中に笑いながら、

 「風呂、沸かすぞ」

 と言えば早くしろ! と帰って来たのでくつくつ笑いながら湯沸かしのためのボタンを押したのだった。





 「ごはんは食べたの?」

 「いいや、これからだ」

 「あっそ。昨日の残りのカレーだけど文句ないわね」

 「キリの料理なら文句はいわないさ」

 風呂から上がったキリは半袖と短パンの部屋着で部屋に現れた。長い髪は乾かしたのかさらさらとキリが歩くたびに揺れていた。仕事の手を止めて思わずその姿を目で追う。何時の間にか、イライラも消えていた。

 「あ、そうそう。きょうはキャベツが安かったしいくらか野菜もあるからサラダとか・・・・って何」

 唐沢の視線に気付いたのか、キリが立ち止まって見つめ返す。無性にキリに触れたくなって、唐沢は口を開くとゆっくりキリの名を呼ぶ。

 「・・・・キリ」

 じっと熱を孕んだ視線に耐えかねたのか、キリは溜息をつくと唐沢の座るソファまで近付く。

 「・・・・・・何」

 「二週間ぶりでそれはないだろ」

 「うるさい、こういう時のあんたはどうせロクでもないこと考えてんの。経験済みよ」

 そう言いながらもキリの腕にふれる唐沢の手を振り払わない。これだから唐沢が調子に乗ることをキリは知ってるのか知らないのか。

 「キリ」

 今度はもう少し大きな声で彼女の名を呼ぶ。ねだる様な声音に、キリはちょっと赤くなって唐沢の肩に手を置くと膝の上に向かい合う様にして座る。甘えるようにちょっと頬をキリの手に当てればキリは少し笑う。

 「あんたこんなに幼かったっけ」

 「キリにだけだ」

 そのまま引き寄せてぎゅっと抱きしめる。風呂上りもあって体は少し暖かくて、ボディーソープやリンスの匂いがふわっと鼻をつく。そのまま柔らかい髪に顔をうずめて抱きしめる腰に添えた手に少し力をいれる。

 「そんなにきっつくしなくても逃げないってば」

 「分かっている、そんなこと」

 そのまま少し体を離してそっと額に自分の額をくっつける。

 「・・・・リンス、いつものと違うんだっけか」

 「そう、これすっごい匂いつくんだけど」

 「・・悪くない。この匂いはこれはこれで好きだけどね」

 「・・・・克己が、そう言うならこれからもこれにしてあげよっか」

 「相変らずなんで上から目線で物を言うんです、キリは」

 どうせ反論しか飛び出さない柔らかい唇に自分のを押し当てて塞ぐ。何度か角度を変えて可愛らしいリップ音を響かせてキスをする。
 あ、これはまずい。直感的にそう思うときにはだいたいもうストッパーは外れている。今も例の通りにストッパーは外れていて、可愛いキスはだんだん深いものに変わっていきリップ音の代わりに水音が微かに響いた。

 「ん・・・・どうせ、止める気ないんでしょうけど晩御飯はどうすんの」

 「後で考えればいいだろ」

 呆れたような顔をするキリだってもう後には引けないことは分かっているんだろう。その証拠に、甘えるように唐沢の首に回した腕は離さない。

 「そんな勝手だから三十路超えたいい年のおっさんになっても独身なのよ」

 「余計なお世話だ。キリもその調子じゃ、貰い手はいないだろうな」

 「うっさい。あんたが貰ってくれるんでしょ」

 珍しくそう言って甘えるようにこちらを見つめるキリに、この季節外れの大雨の理由が分かった気がする。まあ、いつも以上にツンツンしてようが甘えてこようが、どちらにせよ唐沢には何ら変わらないのも事実。

 「・・さあ? 考えといてやる」

 きっとまた口からこぼれる言葉はかわいげのない見栄を張った嘘の言葉なんだろうから、唐沢は一言そう言ってまたキリの口をふさいだ。


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