03
「いや、うちの秘書がうるさくてすまないね。どうも照れ屋でして。慣れた人間以外にはおとなしい人として見られたがるんです」
けらけら笑う唐沢に、はあ、と三雲は気の抜けた返事をする。
確かに、初めて会議室で会ったあのおとなしく真面目なキリはどこへやら、だったが今の雰囲気の方が等身大な彼女が垣間見えていいと思ったのも事実だった。
「改めまして外務、営業担当の唐沢だ、久しぶり。・・・・・・今からちょっと外に付き合ってもらえるかな、病院の許可は取ってある」
「え・・・・!?」
それだけ言ってさっさと歩き始めた唐沢を、慌てて二人は追いかける。
「カラサワさん、ヒショさんのコイビト?」
ふと、そう聞いた空閑の問いに唐沢は、
「可愛らしいでしょう、あげませんよ」
なんてからりと笑ったのだった。
(・・やっぱりあのばかは気に食わない、気に食わない!)
周りの目も気にせず、キリは不機嫌オーラ全開で廊下を足早に歩いていく。
なにがと言えば、唐沢の言う通りだったのだからなおさら腹が立つ。しかもあの男、まるでそれが当たり前だというような顔をしたのだから、もっともっと腹が立つ。
もんもんとそんな事を考えながら歩いていれば、前を向いてなかったので何かにぶつかってキリはよろめくと尻餅をついた。
「わっ」
「おっと」
慌てて顔を上げれば、そこには自分と幾らも年が変わらなさそうな少年がいた。すこし茶色に近い髪くせっ気はふわふわしている。少年はキリを見るなり表情を変えた。
「ごめんごめん、大丈夫ですか?」
「い、いえ! こちらこそごめんなさい、前をちゃんと見てなかったから・・」
「いえいえ、君ボーダーの人でしょ。俺と年変わらなさそうなのにすごいや」
けろっと笑う少年にキリはちょっと背筋が寒くなるのを感じた。その笑顔は、まるで作り物の仮面の様に顔に張り付いているだけ、そんな印象をもったから。
「・・ごめんなさい、私急いでいるので。では」
自分の事を一切明かさずに、そそくさとその場をキリは立ち去った。
(・・まさか、ね)
はじめ顔を上げたその時その一瞬、あの少年は初対面のはずのキリをまるで憎むような表情をしてたなんて、気のせいだと思いたかった。
そそくさと去っていく背中を彼はちょっと眺めてポケットから写真を取り出す。
少し長いストレートの黒髪、すらっと高い背。間違いない。彼女だ。
「西条キリさん、見っけ」
そして、ほくそ笑んだ。
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