02
そう言えば、キリにとって実戦は初めてだ。
ちょうど一仕事終えた途端に鳴った警報に、唐沢は真っ先にそう思った。本部とつながっているインカムイヤホンを外すと、キリと繋がる無線を取り出す。
「・・キリ。聞こえるか」
「うん、聞こえる」
その声音に、思わず安堵した。迷いも、弱さもない、真っ直ぐないつもの彼女の声だ。唐沢は思わず笑みをこぼした。
「それならなにより」
「・・克己」
「・・どうした」
「行ってきます」
「無理はするなよ」
その言葉に返事はない。それだけでも唐沢には充分だった。
もう、近界民から逃げていたあの時の彼女はいない。
「西条くん、聞こえるか!」
唐沢と繋がるインカムイヤホンを外して、本部と繋がる方を耳に掛けるなり忍田の声が響いた。
「はい、聞こえます!」
「良かった。今、君はどのあたりにいるんだ?」
キリはひょいひょいと軽やかに屋根から屋根へ飛び越えつつ走りながら忍田に答えた。
「学校からまっすぐ基地に向かっています。迅さんの指示です」
「迅の? そうか。それなら迅の指示を優先してくれ。しかし、君の方はいささか戦力が足りていない。無理をしない程度にトリオン兵を排除しつつこちらへ向かってくれ」
「はい、了解しました!」
そう返事すると、キリは目の前の無数のトリオン兵を見据えて攻撃態勢に入る。
「おい西条!」
耳元で、大きな鬼怒田の声がして、キリは耳鳴りがする耳を抑えつつ負けじと声を張って言い返す。
「なんなの! うっさいたぬき!」
「やかましいわい! トラップもあるんだからちっとはボーダーに貢献してこい、以上!」
それだけ言って一方的に通信を切る鬼怒田になんだなんだと憤慨する。が、多分これはきっと彼なりの応援なんだろう。
ちょっと前までは、ずっと一人だった。一人で逃げて、一人で解決しなければならなかった。
唐沢と出会って、あの家から連れ出されて一気に世界は広がった。
気に食わない狸に、強面に、優しい忍田に姉のような沢村、うるさいバカコンビにその上司の髭面。
何時の間にか、キリの世界にはたくさんの人であふれかえっていた。ーーもう、一人じゃない。
「・・メテオラ」
ーー少しでも、そんな彼らの役に立てるのならば。
キリは深呼吸すると、トリオン兵に勢いよく弾を飛ばした。
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