思い内にあれば色外に現る
※恋は盲目の後の話
「沢村さん」
「あら、唐沢さん」
珍しい人物に呼び止められたものだな、と沢村は思いつつ唐沢がこちらに来るのを待つ。
「これを是非、忍田さんとどうぞ」
そう言って渡されたのは、よく名前を耳にする洋菓子屋のワッフルだった。
「わぁ、ありがとうございます」
この時間なら忍田も空いているはずだし、せっかくだからお茶をしよう、と思いつつ唐沢に礼を言った。
「いいえ、忍田さんと沢村さんにはご迷惑をおかけしたのでね」
にっこりとそう言う彼に、こういう気回しのよさが仕事にもつながるのだろうと思う。そう言えば、彼女とはどうなっただろうか。聞こうと口を開けば、唐沢の背後からきた忍田と声がかぶってしまった。
「唐沢さん。どうしたんですか、それ」
沢村の隣に並びつつ、忍田が唐沢を見て首を傾げた。
「それ?」
「首の後ろに傷ありましたけれど」
そう言う忍田にあぁ、と唐沢はにこやかに笑った。
「・・飼っていた猫が、戻ってきまして」
「猫?」
「はい、恐ろしくワガママで可愛らしい猫なんですがどうも引っ掻かれてしまいまして」
ーーまさか。
はっとする沢村に隣の忍田は猫ですか、と頷いて沢村に言う。
「そうだ沢村くん、ちょっと整理してほしい書類があるんだが、いいかな」
「あ、はい、え・・えっと」
ちらちらっと唐沢を見やれば、彼はしーっと小さく言って人差し指を唇にあてると意味ありげな笑みを残してその場を去っていく。
「? なんだろうか?」
「・・いいえ。多分、本部長にはわからないと思います・・猫、ねぇ」
「・・?」
ああもどこか他人と一線を引く彼があそこまで彼女に夢中だなんて。想い想われる仲とはあのことなんだろうな、なんて心の隅で羨む。
「・・ちょっと、うらやましいです」
「??」
そう言って沢村は隣の鈍感な男を見、溜息をつくのだった。
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