覆水盆に返らず
※もしも出水オチだったらという話。時間軸的には、合わせ物は離れ物(七話)の後。
あれ以来、一切唐沢はキリの目の前に現れることはなかった。元来仕事のせいで基地への出入りが激しかったこともあったが、はたまたわざとか。
どうしても離れたくないなら会議室の前に張り込むなり、彼のマンションに乗り込めばいいのに、そうなるとまるで重石を乗せられたように足は全く動かなくなるのだ。
「よー、キリ」
「あ、出水。今日も特訓よろしく」
出水はキリが先ほどまで見ていた方向を見、察したのかぽんぽんと頭を撫でる。
彼に告白されてまだ返事は出していない。されども、彼はキリが唐沢を探すように会議室の方を見ても、何も言わないで優しく寄り添ってくれる。それがとても嬉しくて、複雑で。キリはどうしようもなく泣いてしまうのだ。
「・・ごめん、出水」
「・・それは、ダメってこと?」
その出水の言葉にキリは頭をふる。
「ちが、う。私、出水の気持ちにこたえてすらないのに、出水は優しいから」
「っ、」
出水はたまらずキリを抱き寄せる。まるで、ボロボロになって捨てられたような、いつものあの強さはどこへやら弱弱しいキリを見ていられなかった。
「・・言ったろ、好きだからって」
「・・うん」
背中に回された手は、縋るように出水の服を掴む。ーーもう一押し。
「・・キリ、あんな奴、諦めておれにしとけって」
くっと顎をあげて彼女を見つめる。絶えずあふれる涙を親指でぬぐってやる。
「いず、み」
キリの瞳はゆらゆらと揺らぐ。むくむくと、心の中で独占欲が鎌首をもたげた。
「おれならぜってー泣かせねーし」
なにも言わないが、確実にキリの中で何かが変わっていく。ーー返事は、後でいい。
「キリ、」
ゆっくり口づければ、彼女は抵抗なく出水を受け入れる。
まずは、彼から自分に塗り替えることから始めようか。優しく寄り添って、彼女の中のから唐沢を確実に消していけばいいのだ。
例えいくら時間がかかろうとも、また彼女の笑顔が見られるのならば。
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