うろ覚えのラブサイン | ナノ


わたしがほぼ毎日のように残業している、そんなある日のこと。
耳元で誰かささやく、でも疲れ果てていたわたしは机の上でうつぶせて寝ていて、そんな言葉は夢うつつ。
でもたしかに感じたのは頬に柔らかい感触、ちゅっとリップ音をたてて離れていくあたたかさ。
誰がわたしにキスしたの?

ぱっちり目が覚めたのは、まだ朝日ものぼっていない早朝。どうやら寝てしまったようだ。
起きた拍子に肩から何かが落ちる。誰かが毛布をかけてくれていたみたい。
机に広がる資料や書類を少し片付け、まだ終わらない仕事を見てうんざり。残りの仕事にとりかかる気力もない。
とりあえず顔を洗おう。それから、コーヒーを飲もう。
ずっと椅子に座りっぱなしでなまった体をひねって伸びをする。この仕事が終わったら、ケーキが食べたいなあ。


「…大佐?」


大佐が机にうつぶせて寝ている。わたしと同じように眠る大佐の寝顔は、なんだか少しかわいい。
手に持っている毛布は大佐にかけてあげることにした。そのとき、つい、大佐の寝顔に気をとられて、大佐が目を開けたときには遅かった。
ぐいっと腕をつかまれて、体制を崩したわたしはそのまま倒れこむ。大佐との顔の距離が予想以上に近くて、顔が赤くなるのがわかる。
どきどき、やばい、どうしよう、速く脈打つ心臓に、わたしはどうしようもできやしない。


「なっなにっ、なんですか!」

「…昨日のこと、覚えているかね?」

「昨日のこと?」


わたし、なにか大佐に特別なことしたっけ?むしろ今までと変わらない日常で、非日常なことなんかない、はず。
わからなくて、うんうん頭をひねる。いろいろ考えをめぐらせば、昨日の記憶のなかに、かすかに感じた声、感触。
まさか、まさかあれは、


「まさか、キス、したの、」


つかまれた腕は動かない。動かせない。
じっと見つめられて、どきどき、ゆっくりと大佐の顔が近づいて、わたしの頬にキス。


「すきだから、つい…ね」

「ついって」

「そりゃあんな無防備に寝られたら、やりたくなるに決まってるだろう」

「…これからは、気をつけます…」


110329 不完全燃焼…
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