手、繋ぎたいなあ。そう思っても、むりな話だ。だって、わたしと彼の間には、何の関係もないのだから。ただの先輩後輩で、それ以外の何者でもなかった。
「先輩、またですか」
「………」
「いい加減にしてくださいよ」
「…じゃって」
柳生が悪いんじゃ、なんて、また仁王先輩は柳生先輩とけんかしたらしい。まあけんかと言ってもただのしょーもないことでの言い合いなんだけど。けんかするほど仲がいいって言うのか何というか。だけどその毎回毎回しょーもないことの愚痴を聞かされるためだけに呼ばれるこっちの身にもなってほしい。まあ、そのたびに仁王先輩と会える、なんて考えるわたし。乙女だ。
「で、今回は何なんですか?」
「え」
「何でけんかしたの」
「そ、れは…」
急に口ごもって、一体なんなんだ。不思議に思って、じっと仁王先輩を見つめる。目が合えば、す、と目線を逸らされた。少し残念な気もしたけど、わたしはそのまま仁王先輩を見つめた。あいかわらず、かっこいい顔してるなあ。
「や、柳生があほなこと言うから…」
「あほ?」
「ん、でも俺、そんな勇気、ないし」
「……話が見えないんですけど」
さっぱり訳が分からない。思わず眉を寄せた。仁王先輩は何も言わなくなって、空を眺めていた。屋上からの空はいいよね。わたしも空を眺めた。目の前に青い空が広がる。太陽が少し眩しくて、目を閉じた。しばらくして、ふと、目を開けて隣に座る仁王先輩を見ると、ばち、なぜか目が合って、それから仁王先輩は驚いたように動かなかった。わたしもわたしで、仁王先輩の瞳から目を逸らせずにいた。
「…俺な、………」
沈黙を破ったのは仁王先輩だったけど、一言喋ったらまたすぐに黙った。なに、早く続きを言ってよ。そわそわし始めた仁王先輩に、少し、期待した。
「……手、繋いでいい?」
心臓がうるさいぐらいに鼓動して、ぽかんと開いた口が閉まらない。じわじわと染まるわたしの顔。じんわりと手のひらに汗をかいてきた。そして、わたしが返事をしないまま、仁王先輩はわたしの手を握ってきて、ひんやりと冷たい手がわたしの手を覆った。珍しく仁王先輩も手のひらが汗ばんでいた。
「俺、お前のこと、好き」
「え…」
「柳生が、早く言えって言うから、けんかに…」
ごめん、なんて訳の分からない謝罪をされて、なんで謝るの、って言った。多分、仁王先輩も頭のなか混乱してるんだ。きっとそう。わたしも頭パンク寸前。
「…仁王、先輩」
「……なん」
「わたしも、好きです、あなたのことが」
ずっと、手を繋ぎたかった。そう言った瞬間、仁王先輩はわたしに抱きついてきて、ふわりといい匂いがした。その匂いに、わたしはくらくらとなって、とっても仁王先輩がきらきら光って見えた。
100918 企画「31」様提出