ロイが左目を失明して、三年経った現在。今ではもう片目生活もずいぶん慣れたようだけど、それでもまだ、どこか遠くを見つめるような、ぼうっとしたロイを見る。そしてわたしは不安になるのだった。
「スープ、飲む?」
「ああ、いただこう」
温かいスープをマグカップにいれて、ロイに手渡す。湯気がゆらゆら、動くのを見つめながら、わたしもスープを一口飲んだ。
ロイが失明したのは戦場でのこと。わたしは軍人じゃないし、詳しいことはよく知らない。けど、なんとなく分かる、気もする。
「わたし、あとで買い物行ってくるね」
「うん、分かった」
「何かほしいのある?」
「そうだな…」
ロイは少し考える素振りを見せると、わたしの腕をつかんで、
「君がほしいな」
なんて、まったくもう、またそうやって冗談を言う!すぐに赤くなるわたしを知ってなのかは知らないけど。わたしが怒ると、今のは冗談だけど君が好きなのは冗談じゃないよ、と、言ってわたしの手に口付けた。
「ろ、ロイ!」
「ははは」
コトリ、マグカップを机の上に置くと、わたしのぶんのマグカップもわたしの手から取って、机の上に置いた。そして、わたしの頬に手を添える。
「両目見えたら、君の顔ももっとたくさん見れるのに」
「見えないはロイの顔が近いからじゃないの?」
「そうかもしれないな」
はは、と、笑って口付けて、最後にリップ音をたてて離れていった。そしたら、離れたときのロイの切なそうな顔が、頭から離れなくなった。どうやってもロイはわたしから離れないんだね。
目が見えなくなってから、ロイは大佐という地位から少し落ちたらしい。まったく、お偉いさんたちは分かってない。ロイは強くてすごいんだから、少しハンデがついただけよ。
「あのね」
「ん?」
「わたしはロイの味方だからね、いつでもわたしを頼ってよ」
「…急にどうした」
「なんとなく今思った」
素直にそう言えば、ぎゅうっと強く強く抱き締められて、ロイ、苦しいよ、離して。でも一向に離してくれなさそうなロイに、わたしは目をつむって、そのままロイの胸に耳をあてて心臓の音を聴いた。どくん、どくん。ロイの腕のなかは温かくて、とても心地いい。
「まだ上を諦めたわけじゃない」
「うん」
「だから、まだもう少し無茶をするかな」
「あんまり無茶しすぎはだめだよ」
「分かってる」
「分かってるならいい」
「まあ、私が上にいくためには君が必要なんだ。つまりは、」
「分かってる。どこまでもついていくわ」
不安なんてもう感じない。何も恐れることもない。
分かってるよ。だってあなたの瞳にはまだ火が灯ってる。
100916 五千打企画