「ごめん、別れよ」
そう言われたとき、私は不思議なことに涙が出なかった。ああ、そうか、そうなんだ、って、なんか、なんでだろうな。その言葉は私の中になんの抵抗もなく入ってきた。そして、その瞬間、私はもうどうでもいいやって思った。思えたんだ。未練なんかない。絶対にあんたなんかよりもいい男を見つけてやる。絶対にあんたなんかのために泣いてやらない。
「うん、さようなら」
好きな人と、うまくいくといいね。
そしてその後、私は走って人気のなさそうな階段のところへ行った。ただなんとなく、走りたくて、そして誰もいないところへ行きたかった。
「あ、れ…財前?」
「…なんや」
「え、いや別に…こんなとこでひとり何してんの」
「何だってええやろ。あんたこそ何しとん」
「いや、私は…」
財前の手には携帯と小さな音楽プレイヤー。なるほどね。さてはこいつ、さぼってたんじゃないの?そんなことを考えながら、財前からの質問に答えようとしたけど、…何て答えればいいのかな。フラれたから走ってきました?うーんちょっとばかみたいだけど、まぁいいや。
「フラれたから走ってきました」
「は?」
「走ってきたの」
ほら、やっぱり財前は怪訝そうな顔をした。分からなくてもいいよ、ちょっと、私の話し相手になってよ。
「なんかな、」
「……」
「私フラれたけど、涙出んかってん」
「ふーん」
「思ったよりもすんなり受け止めれた」
「うん」
無愛想だけど、それでも財前は私の話をちゃんと聞いてくれた。優しいね。それからもぽつぽつと話す私の言葉を、財前はたまに小さく、そして無愛想に相槌を打ってくれた。
「だからね、私、あいつよりもいい人を絶対見つけてやるって決めてん」
「あっそう」
「私をフったこと、後悔するぐらい可愛くもなってやる」
「………」
財前の手が私の頬に触れた。手、すごく冷たかったから、余計にびっくりした。
「なんで泣いとんの」
「え…?」
「泣かないんちゃうん」
私も自分の頬を触った。ほんとだ、濡れてる。気付かなかった。涙は私の意思とはまるで関係ないとでも言うかのように、ぽろぽろととめどなくあふれていく。…ああ、そうか、これは、
「…財前が、私の話、聞いてくれたからや」
「何それ」
「だからこれは悲しいから泣いとるんちゃうの。嬉しいから泣いとんの」
そう言って笑うと、急にひっぱられた。そして、あれ、なんで私財前に抱き締められてんだろ。ぽんぽん、財前が私の背中を優しく叩く。
「………泣くんやったらどーぞ」
ばか、そんなことされたら、余計に優しさで涙が出るよ。
100319