今日は調子が悪い。朝からバスに乗り遅れたり、かばんの中身ぶちまけたり、こけたり、お弁当持ってくるの忘れたり。なんだろ、厄日だ。そんな最悪な日には、自販機でいちごオレでも買って和もうと思う。さいふを持って、てくてくと歩いてく。そしたら、自販機の前で、
「ざ…財前、」
「ああども」
なんともまぁタイミングよく財前が現われたものだ。会えたのは、まぁ、嬉しいんだけども、やっぱり緊張してしまう。髪の毛を気にしたり、どきどきしちゃって、なんか私らしくない!
ガコン、財前が飲み物を買った。…コーヒー牛乳…。財前って意外と甘いもの好きだよね。私もあとに続いて、いちごオレを買う。そしたら、え、なに、財前がじっとこっちを見てる。
「…名字先輩」
「はい?」
「ちょお来て」
財前に腕をひっぱられ、言われるがままに財前のあとをついていく。どこ行くんだろうとか思っていたら、とんとんと階段をのぼって、あれ、屋上じゃんここ。扉を開いて、一番風を感じる場所へ。
「うあー、今日風気持ちええねぇ」
「そうっすね」
パックについてるストローをぶすっとさして、いちごオレを飲む。はぁ、甘いものおちつく。財前をちらりと見る。財前もコーヒー牛乳をストローさして飲んでいる。
「そういやなんで私を連れてきたん?」
「え、あー…」
珍しく財前が何か言いたげにしている。私は少しどきどきしながら、財前のことばを待つ。
「…今日、かばんの中身、ぶちまけてたから」
「えっ、ちょ、みっ見てた…!?」
「あんなん普通に目立ちますわ」
「えええうそ、恥ずかしい!」
いちごオレを持っているから、片手で顔を隠す。どうしよう、あんなあほな場面見られてたなんて、恥ずかしくて死ねる…っ!よりによって好きな人に、財前に見られたなんて…!そう思っていたら、その顔を隠している手をつかまれて、私の顔には隠すものがなくなった。
「…そんで、」
「そ、そんで?」
「ちょっと、調子悪そうって、思って…」
「え」
「ここに連れてきたんすわ」
気分転換にもなるかと思って、なんて、どうしよう、なんで分かるの?どうして分かるの?ちょっと、いやだいぶ、すごく嬉しくて、泣きそうだ。財前が手を離して、遠くを見ながらまたコーヒー牛乳を飲み始めた。財前がつかんでいたところが熱くて、まだ感触が残る。
「あ…、あり、がと」
「…別に」
財前の優しさに触れて、どうしようもなく胸がしめつけられた。好き、好きだよ、でもどうしても言えない。勇気がでない。あと一歩、踏み出すだけなのに。そんな一歩も動けない私は臆病者だ。
「……先輩は、」
「え、なに?」
「いつも疑問なんすけど、なんでマネでもないのに色々手伝ってくれるんすか?」
そりゃ、財前に会えるから、なんてこと言えなくて、でもたしかに他の理由もあったはずだけど、今となってはそれが一番の理由になってる。どれだけ私、財前のこと好きなんだろうなぁ。
「んー…なんでやろね」
「…なんすか、それ」
「楽しいからやってんのかなぁ?」
なんて、面倒だけどでも本当に楽しいこともあるし、嘘じゃないんだけど、やっぱり、一番は財前に会えるからなんだよ。下心いっぱいでごめん。
「ふーん…」
また遠くを見ながらコーヒー牛乳を飲み始める。ずずず、もう終わりみたいで、腰をあげた。私はまだいちごオレをたんのうしている。
「俺、名字先輩が雑用してくれんの、他の意味かと思ってました」
「へ?他の意味?」
「…どういう意味やろな」
理解しがたい台詞を残して、財前は屋上を出ていった。私の頭ではよく分からなくて、ただぼーぜんとしているだけだった。