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消えない魔法の続き
夜。町はすっかり暗闇に覆われ静寂に包まれている中、似つかわしくなく部屋に飾られた数々の照明の光にニナは反射的に目を閉じる。見渡す限りに豪華な衣装に身を包み飲み交わす人々、テーブル一面に盛り付けられたシェフ自慢の料理。言わずもがなパーティーの開宴中であった。
こういう場は嫌いではない。動きにくいドレスを着せられるのには不満だが、料理は美味しいし何より好奇心が旺盛なニナにとって多くの人と話すことにより知識を広げられることが楽しいからだ。勿論目先のことに囚われず令嬢としての己を忘れず節度を守って行動することを心がけているつもりだ。流石にもう16にもなると立場ぐらい理解する。
「こんばんは、ニナ様」
「あ、こんばん…」
後ろから声をかけられ挨拶をしながら振り返ると、朝に出会ったばかりのトウヤがいた。その姿を捕らえた瞬間それまで平静だった鼓動が急に加速する。
あの時は情報を処理するのに手一杯でそれどころではなかったが、改めてじっくり彼を見てみるとなんと綺麗な顔をしていることか。自分より白いのではなかろうか、きめ細かな肌が眩しい。身長はさほど変わらないが、笑顔を絶やさず物腰が柔らかそうな雰囲気はいかにもお坊っちゃまといった様子だ。
「あの、どうかしましたか?」
「あ、いえなんでもありません!失礼しました!」
観察に夢中になりすぎて不審がられてしまった。慌てて謝罪として頭を下げると、トウヤは何故謝られたのかわからないといった表情を浮かべながらも大丈夫ですとだけ伝える。
「少し貴方とお話をしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「は、はい」
「ありがとうございます。ここでは話しづらいので、場所を変えましょう」
言われるがままに笑顔で差し出された手を握り返す。
言葉遣いも流暢でおまけに美少年で紳士的とは。きっと自分と違って勉強もできるのだろう。女性に使われる言葉だが才色兼備という言葉がここまで似合う者とは出会ったことがなかった。
繋がれた手を見つめながら歩いていると、いつの間にかパーティーの喧騒からは少し離れたバルコニーに着いていた。そこは普段ニナがパーティー時にこっそり使っている休憩所で、静かに風を感じられるお気に入りの場所だった。
「寒くはないですか?」
「はい、大丈夫です」
「よかった」
何処まで気配りがきくのか。街の灯りを一面に見渡すことができる美しい夜景を見つめる。夜は春の陽気も届かず少し肌寒いが、丁度良い気温だ。
ニナは視線だけトウヤに向け話を待っていると、彼はふぅと息を一つ吐き彼女に向き直る。
「まず申し訳ありません。この度は突然のことでニナ様を混乱させてしまいました」
「えっあ、婚約のことでしたらもう大丈夫です。私も立場上理解はしています」
「もしニナ様がお断りなさりたいのなら私が責任を持ちますので、どうかご遠慮なさらず」
突然頭を下げられ何事かと思いきやあまり考えないようにしていた婚約の話だった。父が言っていたようにもう決まったことなのだ。受け入れる準備はしていたのに、そう言われると決心が揺らいでしまう。
実のところあたしはどうしたいのだろう。結婚が嫌かと問われるとそれは確かだ。まだ16になったばかりで人生はまだこれからと楽しみにしていたのに、結婚してしまったら只でさえ無いに等しい自由が更に束縛されてしまう気がするから。しかし別に相手、トウヤが嫌いというわけではない。まだ出会って1日も経っていないし彼のことを全く知らないが、何故か彼となら良いかもしれないと思ってしまっている自分がいる。
「お心遣いありがとうございます。しかし私も資産家の娘、私の我が侭で迷惑をかけるわけにはいきません」
「…そう、ですか。わかりました。ではニナ様、踊っていただけますか?」
「えっ!?よ、喜んで」
急に話が変わり再び差し出された手を慌てて握る。いつの間にかパーティー会場からは一定のリズムを刻む音楽が流れていて、皆一様に華麗に踊っていた。
勿論ニナも英才教育として社交ダンスを叩き込まれているので、辿々しくはあるものの形はしっかりとしたものだった。対してトウヤは動きもリズムも完璧で彼女が失敗してしまってもすぐさま何事も無かったかのようにフォローしてしまう。恥ずかしくて俯きながらチラリと彼の表情を伺うと目が合ってしまい、更にトウヤがにこりと笑顔で返してくるものだから余計に申し訳ない気持ちになる。
これから自分はどうなるのだろうか。どうしても目の前の彼と結婚するという自覚が持てないまま、夜を明かした。
優しさの螺旋
20120602 / 空想アリア