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お嬢様パロディ
一般的にお嬢様といえば豪華なドレスに身を包み淑やかなイメージを持つものが多いだろう。名のある名家に生まれたニナも例によればお嬢様と呼ばれるものなのだろうが、そんなものは名ばかり。実態は隙あらば屋敷を抜け出そうとし勉強なぞ一切手をつけようとしないお調子者である。
「お嬢様、また部屋を飛び出したのですね。先生がお怒りになっておりましたよ」
「あーもう勉強なんていいじゃない!というか、敬語は禁止って言ったでしょ!」
「そういうわけには…」
「じゃあ命令!」
「はぁ…わかりまし、じゃないわかった」
執事であるチェレンにも全く壁を感じさせず、敬語を嫌う。ニナ以外に仕えたことがないチェレンだが、きっとこんなお嬢様は他にいないという確信は持てた。毎度屋敷を騒がしては休憩中だというのに働かされるこちらの身にもなれとは思うが、しかし別にチェレンはニナが嫌いというわけではない。執事だろうがメイドだろうが身分に関係なく対等に接するニナが好きだし、仕える主が彼女で良かったとも思っている。
「全く、どうせいくら逃げても最終的には連れ帰されるくせに」
「いーだ!部屋で地味に勉強するより外で遊ぶ方があたしには合ってるのよ」
今日で記念すべき通算30回目の脱走。よくもまぁ懲りもせずこう何度も脱走しようとするものだ。今頃先生はニナが部屋にいないことに気づき屋敷内でお嬢様捜索隊が慌ただしく動いていることだろう。いくらチェレンが彼女が幼い頃から仕えている幼馴染みであっても、所詮は一介の執事。公私混同はしない主義である彼はどうやってニナを連れ戻すか方法を練っていた。説得してもこの頑固な彼女が聞く耳持たないことは承知している。
「おうい、ニナ〜!あ、チェレンも一緒なんだね!」
聞き慣れた声に後ろを振り向けば、一人のメイドがこちらに駆け寄ってきていた。彼女の名前はベルといい、同じこの屋敷で働いているメイドである。そんなに走ると危ない、と注意する前にベルが何もないはずのところに躓き、ろくに受け身も取れず思いきり顔面から地面に突っ込んだ。言わんこっちゃない。
「あちゃーベル大丈夫?」
「ふええ、いたぁい…」
「走ったりなんかするから…」
ベルは皆が認める屋敷内でもずば抜けたドジで、しょっちゅう皿を割ってはメイド長に叱られているのを頻繁に見かける。ここに来てかれこれ10年ほど経つのにいつまでたっても変わらない。よくクビにならないものだ。
「で、どうしたのベル。用があったんじゃないの?」
「あ、そうだった!えっとねぇ、今日の午後にお客様が来るんだって!メイド長が言ってたの」
「お客様なんていつものことじゃない」
「それとね、あたしたちと同じ歳ぐらいの子も来るんだって!楽しみだなぁ」
普段この屋敷を訪れる客といえば政府のお偉い様、ご主人様の事業仲間などお歳の召した方々ばかり。なのでベルらと同じくらいの子供が来るのは珍しいことだった。幼少の頃から周りは大人ばかりで子供はニナとベルしか知らないチェレンにとってその情報には大変興味を持った。
「ねぇその子って男?女?」
「さぁ〜そこまではわかんない」
「女の子がいいなぁー同世代の女の子ってあたしベルしか知らないし」
ニナの方も気持ちは同じらしい。チェレンはどちらかというと男の子であることを望んだ。ニナと同じように自身以外に男の子を知らないからだ。どんな子なのだろう。男か女か。仲良くなれるだろうか。話がすっかりその子供のことで盛り上がってきたところで、漸くチェレンは己の仕事を思い出した。しまった、ニナを屋敷に連れ戻さなければ。話を中断し無理矢理彼女の手を引っ張る。
「ちょっとチェレン今盛り上がってたところなのに!」
「もう十分だろ!これ以上屋敷の皆に迷惑かけるな!」
「やだー!帰りたくなーい!」
「あう〜ニナ頑張って…」
ベルも一応は自分がただの一介のメイドであることは忘れてはいない。だからチェレンの行動は理解しているので、止めることもできずオロオロするだけだった。
普通の人なら一度は憧れたことがあるだろうお金持ちの名家。だがニナ自身は毎日のようにぼやいていた。普通の家に生まれたかったと。自由に友達と遊ぶことも一人で外に出ることも許されぬ身分。彼女にとっての世界は、この屋敷だけなのだ。気のきいた言葉も思いつかないチェレンは、ただ同情することしかできない。きっとニナも、周りの自分に対する視線に気づいているのだろう。どうすることもできない己の運命を呪い、憎んでいるのだろう。それでも笑っている彼女が哀れで、いるはずもない救世主が現れるのを強く望んだ。
凍えた泪の歌
20120418 / 空想アリア