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「このあたりかしら……」


小さく呟いてクリスは周りを見渡した。
最近、ポケモンが暴れていると聞いて彼女が捕獲しにきたのである。
この辺りでは普通は見かけることのない高レベルらしく、誰も歯がたたないらしい。
恐らく、人に捨てられたポケモンでないかと彼女は思っていた。


「……外れてくれたらいいのだけど」


自分で立てていた予想に、そんな願いを込めつつ、細心の注意を払いながら足を進める。
すぐにでもポケモン達をボールから出せるように、片手は既に構えてあった。

刹那、背後で僅かに音が響いた。

それは自分とは別の存在がたてたものだと理解し、大きく跳躍しながら一つのボールを放つ。その中からポケモンが現れるか現れぬ内にクリスは指示を飛ばした。


「エビぴょん、マッハパンチ!」


現れたポケモン、エビワラーは一瞬で距離をつめ、後の発生地点へ高速のパンチを放った。それはまさしく一瞬のことであり、何者であろうと避けることはできないはずの攻撃であった。


「エーたろう!」


だが、その拳は綺麗に受け止められた。エビワラーの拳よりも大きいその手は、流石に難なくとは言えなかったものの、確かにその攻撃を受け止めたのだ。
対してクリスは、響いた声が聞き覚えのあるすぎるものであったことに思わず叫んだ。


「ゴールド!?」

「よっ」


茂みから出てきたその青年は片手をあげて軽い挨拶をして見せた。
だが、その表情は少しバツが悪そうである。
トレーナーの心情を察したエビワラーが拳を戻し、彼女の近くまで引き上げる。それと同時にその拳を受け止めていたエイパムもゴールドの肩にのぼった。


「どうしてここに?」

「いや、多分お前と同じだと思うぜ。驚かせて悪かったな」

「それは、気にしてないわ。こっちも急に仕掛けてごめんなさい」


お互いに軽く頭を下げ、軽い笑い声が漏れる。
いつもの二人なら言い合いに発展する場面であることは間違いないのだが、場所が場所であってそんなことはなかった。
どちらかといえば、お互いの存在よりも周りへの警戒の方が重要だったのだ。


「おめぇは博士に頼まれたのか?」

「そうね。ゴールドは?」

「噂で聞いて、ちょいと片付けようかとな」

「またそんな遊び半分に……」

「悪い悪い」


クリスが溜息を吐き、それにゴールドは悪いとは思っていないような口調で謝罪した。
いつも通りの掛け合いに、いつも通り怒鳴りそうになったクリスだったが、今の状況を思い出してなんとか押し留める。
クリスの様子を察したのか、青年からケラケラと小さな笑い声が聞こえてきて彼女の気を紛らわせた。

そんないつも通りの掛け合いをしていた所為かもしれない、あるいは、信頼する仲間が現れたことで知らぬ間に油断していたのかもしれない。
彼女は、背後に近づいていた気配に気付かなかった。
気付いたのは彼女の隣に控えていたエビワラーと、向かい合っていた青年。


「クリス!」

「えっ……!?」


青年は彼女の名を呼び、自らの胸元に引き寄せた。それと同時にエビワラーが初撃を自慢のパンチで相殺する。
驚いたのはクリスの方だ。いきなり目の前にいた青年に引き寄せられ抱きかかえられているような姿勢となったのだから。
硬直して真っ白になった彼女には気付かず、ゴールドは敵の姿を認めた。

それは、巨大な体を持つカイリューだった。
カイリューは唸り声をあげ、自らの獲物ともいえる二人の人間と二匹のポケモンを睨む。
話に聞いていた以上に感じる実力に、ゴールドは軽く舌打ちをした。

カイリューが次の攻撃のモーションに入った。
ゴールドはそれを感じ、素早く胸の中にクリスを抱き抱える。
片腕で軽々と持ち上げられた彼女は、バランスを崩しかけ、慌てて彼の首に手を回した。
その頃にはようやく頭が働き始め、ゴールドが自分を助けてくれたことも、今回の任務対象である高レベルの野性ポケモン――すなわち、カイリューが姿を現したこともしっかり理解していた。

ゴールドはクリスを抱えたままカイリューの『げきりん』をギリギリで回避する。
同時に、エイパムでは分が悪いと感じ次のボールを放っていた。


「バクたろう!」


出てきたのはバクフーン。姿を現すやいなや放たれた炎がカイリューにダメージを与える。
その隙にクリスがボールを放っていた。


「ガラぴょん、みねうち!」


その一撃はカイリューを確実に弱らせた。
クリスは、パッとゴールドの腕の中から飛び降りる。そして空のモンスターボールを空に放す。


「カイリュー……」


ボールは重力に従いゆっくりと降下する。
そして、彼女の右足は空を切る音と共に自らが放ったボールを捕らえた。


「捕獲します!!」


勢いよく蹴りだされたボールは、寸分違わずカイリューに直撃し、その巨体を中に押し込めた。
ふう、と彼女が小さく息を吐き出す。


「カイリュー、捕獲完了」

「……やっぱ何度見ても見事なもんだよなぁ」


締めの言葉を呟いた彼女に、心底感心したような青年の声が聞こえた。
誇りにしている仕事を褒められたに等しい言葉が嬉しくないはずがなく、彼を見つめて微笑んでありがとう、と返す。
彼女は視線を戻してボールを拾いながら、協力した二匹のポケモン達に笑顔で声をかけ、彼らにもボールに戻ってもらう。

そのため、軽く硬直していたゴールドに気付く余地もなかったのだが、振り向いたとき、僅かに赤い顔で、不機嫌そうにバクフーンをボールへ戻す彼に首を傾げた。
怪訝そうな彼女の視線に応えたのかどうか、くるり、と身を翻し行こうぜ、と声をかける。
まだまだ怪訝そうにしながらも、彼女はそれに応え、小走りで彼の後ろ姿を追ったのだった。


共闘、動揺


(彼の腕は思ったより大きくて力強くて)

(彼女の笑顔は思ったより美しくて輝いていて)

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『犬世の部屋』の犬世様より相互記念頂きました。
ケンカップルで共闘とかかっこいい…。

犬世様ありがとうございました!
















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