「ねぇ、総介君また違う女の子と歩いてたよ。」

「隣のクラスの佐野さんでしょう?」

「どうして分かったの…?」

「この間仲良さげに話してたから。」

「名前、嫌じゃないの?」

「何が?」

「何がって…名前は総介君と付き合ってるんでしょ?」

「そうだけど…総介はモテるしかっこいいから、仕方ないよ。」


そう言った私は、上手く笑えていただろうか。


「総介君」


佐野さんと親しげに寄り添って歩く後ろ姿に声をかけた。その声に気づいた総介君は私の方を一度振り返り佐野さんに向き直るとごめんな、と口を動かして自分より頭ひとつ分小さい彼女の額に唇を落とした。恥ずかしそうに俯いた彼女は小さく手を振りながらパタパタと音を立てながら小走りで去っていった。
大してかわいくも無い、頭も特別いいわけではない。運動はどちらかといえば苦手だ。「普通」という言葉がよく似合う私が呼び出されたと思えば告白されたのだ。私とは正反対で人気物の総介君に。状況がよくわかったいない私は二つ返事をしながら、どんどん総介君に惹かれていった。クラスが違う私たちだけど、総介君は昼休みの度に声をかけてくれた。部活の無い日は一緒に帰ってくれた。お互いの家にも行った。唇も、体も重ねた。私と総介君はきっと赤い糸で結ばれていたのかもしれないと、思った。総介君はモテる。なんといってもサッカー部のエースストライカーだ。私なんかが隣にいるべきではない。そう思い始めたのは赤い糸が絡まりだしたからかもしれない。いつしか総介君も隣にいる女の子は私ではなくなって、見るたびに違う女の子と笑い合っていた。そこは私の場所なのに、そんな事を言えるはずも無く、ただ二人の後姿を見ている事しか出来なかった。不思議と涙が出なかったのは心のどこかで私は遊ばれてるんだと自覚していたからかもしれない。それくらい、わかってた。
私の目の前にはいつの間にか総介君がいて、切れ長の目をぎょっと見開いて居た。たった数メートル、総介君がこちらに来る間にとてもたくさんの事を思い出した気がする。


「おい、名前…?」


ひやりと冷たい総介君の左手が私の頬に触れる。さっきまで佐野さんと繋いでた、左手。自分の顔がすごく無表情なのがわかる。視界がぼやけるのはコンタクトにゴミでも付いているからだろうか。


「なんつー顔して泣いてんだよ」

「ない、てない…よ」

「鏡見て同じ事もう一回言えたら褒めてやる」


眉をひそめて困ったように小さく笑った総介君の顔が今まで見た事もない寂しそうな顔だった。どうして総介君がそんな顔するの?寂しかったのは私の方なのに。総介君は女の子にも男の子にも人気があるから、私みたいななんの取り柄も無い普通の人間が独り占めしちゃいけないんだって思って我慢してたのに。ずっと隣に居たいって、総介君の隣は私の場所だって言いたかったのに。総介君の顔がさらにぼやけて、涙が頬を滑ったのがわかった。涙は私の輪郭をなぞるように滑り落ちて、輪郭から離れると同時に体が温かい温もりに包まれた。総介君の、匂いだ。男物の香水に混じった微かな汗と土の匂い。私の大好きな、総介君だ。私の存在を確かめるようにゆっくりと背中に回る手は大きくて、優しくて、あたたかい。


「悪かった」


そう呟いた総介君の声は弱々しくて震えている。私はただなんとなく、どうすればいいのかわからなくなった両手を総介君の背中に回した。


「悪い。お前が何も言って来ないから、俺勘違いしてたんだ。もう俺に興味なくなったんだって。捨てられたんだって。あてつけみたい他の女と遊んで、お前事一人にして、悪かった。俺…最低だよな。好きな女泣かせるなんて、最低だ。」

「いつも、総介君がいろんな女の子と喋ったり、一緒に帰ったりするの、見てた。そこは私の場所なのにって、悔しかった。でも、総介君はかっこよくて、隣にいる女の子はかわいくて、わたしはかわいくもないし、取り柄もないから、総介君には、似合わないから、だから、だからっ、」

「もういい。全部俺が悪いんだ。」


体が折れそうなくらい、強く抱きしめてくれた総介君。考えてみればこの匂いに包まれるのも、総介君が私だけを見てくれてるのも、いつぶりだろう。私の目の前に総介君がいる。総介君、総介君、


「総介君、すき」

「名前、好きだ」

「佐野さんは?」

「お前の方が好き」

「吉田さんは」

「お前の方が好き」

「佐藤先輩は」

「お前の方が好き」

「小森先輩は」

「お前の方が好き。お前が一番好きだ。」

「でも、他の女の子を隣に立たせるの?」

「嫉妬してほしかったんだ、お前に。私の彼氏なんだからって、言ってほしかった。」

「私は総介君の彼女だよ。総介君は、誰の彼氏なの?」

「お前だ。…名前の、彼氏だ。」

「総介君。キス、したい」


手を繋いだのも、抱き合ったのも、キスをしたのも、全部全部総介君からだった。そんな私の発言に驚いたように目をぱちくりさせた総介君だったけど、何も言わずに目を閉じてくれた。口下手で恥ずかしがりやで、気が弱い私からする始めてのキスは、総介君が大好きで、総介君を信じようと思ったから。頭一つ分の背伸びが、これからも出来ますように。




BGM by the GazettE/「エリカ」








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