私の学校生活は楽しいと言えるものではなかった。明王君と出会うまでは。
ファッションモデルをしている母の遺伝子を受け継いで生まれてきた私は、ありがたい事に顔の作りがいい。遺伝子ってすごい。この顔のおかげで入学式の日に先輩に呼び出され「一目ぼれしたんだ」の言葉と共に桜の花びらが舞い散る中で告白されるというロマンチックな体験をしたり、下駄箱にラブレターを入れてもらったり、誕生日でもないのにプレゼントをもらったり、色々な体験をしてきた。「生意気」「気に入らない」女の先輩や同級生から嫌われ始めたのもそれが原因だった。
「名前ー購買でお昼ご飯買ってきて〜」
「あ、私メロンパンとコーヒー牛乳ね」
「私チョココロネとカフェオレ
「私はサンドイッチとイチゴミルクね」
「うん、わかった」
それを断る勇気も無い弱虫な私は素直にそれに従うしか無いのだ。沢山のパンと飲み物を抱えて教室に戻る途中に先輩に呼び止められて嫌味を言われるのなんて日常茶飯事だ。そして教室に戻ると遅いと言われるのだ。「使えない」「のろま」
「ごめんね」
謝る事しか出来ない私が居た。
誰も居なくなった教室を後にして下駄箱を開ければ靴の中に何枚もの剃刀の刃が入れられている。こんなのまだマシだ。先週なんて虫の死骸が無数に詰められていた。私の中でぷつりと切れた何かのせいでぽろりと涙が零れた。今まで溜めに溜めてきたものが一度零れてしまえばダムなんか脆いもので、溢れる涙が地面の色を変え始める。私はなんて脆いんだろう。なんて弱いんだろう。
「名字?」
その日、声も出せずに泣いている私に声をかけてくれたのが明王君だった。かかわりは無かったけど明王君の事は知っていた。(その時は本当なのかどうか知らなかったけど)不良っていうか、問題児っていうか、あまりいい噂は聞かない人。眉間に皺を寄せながら近寄ってくる明王君にびくりと肩を震わせた。この人も私の事を嫌っているんだろうか。嫌がらせをされるんだろうか。明王君は私の靴に手を伸ばすと、下駄箱から引っ張り出して中に入っている剃刀の刃をばらばらと地面に落とした。
「お前さ、嫌って言えねーの」
「私、弱虫で、怖がりだから、」
「このままでいいのかよ」
「い、や…だけど、どうしようも無い、し」
「………」
黙ってしまった明王君は自分の下駄箱から靴を取り出して帰ろうとしていた。せっかく声をかけてくれたのにまた嫌われちゃった。止まりかけた涙を左手で拭うと反対側に持っていた鞄をひったくられた。明王君だ。
「何ボサっとしてんだ。帰るぞ」
「………」
「どうせ帰り道とかも待ち伏せとかされて色々されてんじゃねーの」
「よく、わかったね…」
「ハッ、低脳な奴等がよくやりそうな事じゃねーの。オラ、行くぞ」
鞄を二つ持って歩いていく明王君は(あ、歩くの早いよ…)その日から私のヒーローになった。
「何かされたら俺に言え。いいな」
「うん…でもなんで助けてくれるの?」
「…なんとなくだ」
(そう言った明王君の横顔と大きな背中がすごくかっこよかった)
(好きな女がいじめられてたらそりゃ助けるだろ。入学式で一目惚れしたなんて言えるかよ)
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予てからリクエストが多かった明王です。難しい〜
11.09.24
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