人気の無い静かな食堂には楽しい気分になるような甘い匂いが漂ってる。その匂いの正体は私なんだけどね。今日は練習が休みでマネージャーの仕事も無いから日本に居たときみたいに材料を買ってきてちょっとしたお菓子でも作ってみる事にした。ちょっと遠かったけどバスを乗り継いでイギリスエリアまで行ったら見たこと無いようなものが沢山あった。あれもこれもって買ったたらすごい量になっちゃったけど、作った後にチームの皆におすそ分けすればいいよね。簡単だし、一度に沢山出来るからクッキーとマフィンを作ることにしよう。チョコチップクキーとフリーズドライの苺を砕いて入れたクッキー、ビスコッティも作ってみようかな。マフィンはメープルとバニラでいいや。うーん、メープルシロップってホントにいい匂い。甘い匂いでいっぱいの食堂にちょっと嬉しくなる。ガシャガシャとボウルの中身をかき回していると、犬のようにひくひくと鼻を動かしながら綱海君がひょこりと顔を覗かせた。
「あめー匂いがすると思ったら名前だったのか!」
「部屋まで匂い届いた?」
「おー、廊下もすっげーうまそうな匂いが充満してんぞ。」
「今ね、お菓子作ってたんだ。出来上がったら皆にあげるから待っててね!」
「待てねぇ!」
「ええ!?今作り始めたばっかりだからまだまだ出来ないよ?」
「俺も作る!」
ばたばたと中に入ってきた綱海君は私の横に来てレシピ本と睨めっこ。ほー、とかへー!とかよくわからない声を上げながらペラペラとページを捲る。
「何作ろうとしてんだ?」
「クッキーとマフィンだよ」
「俺これが食いてぇ!」
「桜のクッキー?」
「おう!」
「ええー…桜の塩漬けなんて…あ、ある!」
さっき買ってきた材料は入った大きな紙袋をガサガサと漁ると奥のほうにある小瓶を見つけた。春らしいピンク色のリボンがかわいくてつい買っちゃったんだよね。材料もあるし綱海君のリクエストに答えて桜のクッキーを作ることにしよう。似たようなものになっちゃうから苺のクッキーはまた今度。
「じゃあ綱海君、このボウル混ぜてもらっていい?」
「おう!まかせろ!」
綱海君にボウルを渡したら、それはもうパワフルにがっしゃんがっしゃん混ぜるからボウルの中身が飛び散る飛び散る…あっという間に半分無くなった。無くなった半分は私と綱海君の服やら床にべったりと付いている。
「つつつ綱海君!もっと丁寧に!」
「こうか!?」(がっしゃがっしゃ)
「さっきより乱暴になってるよ!もう中身ほとんど無いじゃん!」
「食堂がうるさいと思って来てみれば…何をやっているんだお前達は…」
「あっ鬼道君!今こっち来るとあぶな…」
(びっしゃー!)「………綱海…」
「わ、わりぃ…」
「(鬼道君のマントがメープル味に…)」
なんだかんだで鬼道君も参加することになったお菓子作りは綱海君から鬼道君にボウルがパスされた事で再開となった。丁寧にカシャカシャとボウルの中身をかき混ぜる鬼道君の隣では、面白くなさそうに唇を尖らせた綱海君がその手元を凝視している。
「俺にもやらせてくれよー」
「ダメだ。さっきみたいに悲惨な事になるからな」
「つまんねぇー!!」
「綱海君、じゃあ私とチョコチップクッキーの型抜きしよ」
「おっ!やるや「綱海、代わってやる」はぁ!?」
「混ぜたいんだろう?」
「さっきダメって言ったじゃねーか!」
「気が変わった。型抜きは俺がするからお前は混ぜろ。」
「名前と型抜きするから別にいいぜ?」
「何、遠慮するな」
「二人とも型抜きしたいの?じゃあ私が混ぜるから型抜きお願いするね!」
「「(どうしてこうなった…)」」
よくけど分からないけどどんよりとした空気でもくもくと型抜きする二人の横で私はボウルの中身をかき混ぜた。塩抜きをして細かく刻んでおいた桜を生地にバターと一緒に混ぜていたら、いつの間にか無言の型抜きは終わったようだ。急いで薄力粉を混ぜて出来上がった生地を冷蔵庫で寝かせて型抜きが終わったクッキーを焼こう。
「わぁ、鬼道君のクッキー厚さが均等ですごく綺麗!」
「ふっ、当然だ。」
「名前名前!俺のは!?」
「ちょっと分厚いけどきっと焼けばさくさくでおいしいよ!」
「型抜きも満足に出来ないとはな」
「ンだとぉ!?」
「まあまあ二人とも落ち着いて!」
いつもクールな鬼道君、今日はやけに綱海君につっかかるなぁ。険悪ってわけじゃないから大丈夫だと思うけど。二人が型抜きしてくれたものすごい数のクッキーを一気にオーブンに入れてタイマーをセット。食堂のオーブンは大きくて助かるなぁ。クッキーが焼きあがる前にマフィンの生地を作っちゃおう。鬼道君と無言のにらみ合いをしていた綱海君はいつの間にか私の隣に居て、ボウルの中身をじっと見てる。
「混ぜたい?」
一言声をかけると、ぱあっと嬉しそうな顔になって大きな声で返事をした。さっきみたいな事になったらたまったもんじゃないから一緒に混ぜる事にしよう。自分より背の高い綱海君の後ろに回る事は出来ないから、綺麗な褐色の綱海君の手に自分の手を重ねて混ぜる事にした。
「ゆっくりだからね。」
「おう!(どうだ鬼道ざまあみろ!)」
「(貴様…!)」
気のせいかもしれないけどさっきから鬼道君の殺気みたいなのを感じる。怖い。生地を混ぜ終わってからは鬼道君も交えてカップに生地を流し込んだ。全てのカップに生地を流しいれた所でタイミングよくオーブンが焼きあがりを告げる。扉を開けば香ばしい匂いが食堂に立ち込める天板を中から取り出せば見事な焼き具合のクッキーがずらりと並ぶ。
「うっはあー!うまそう!」(ぱくっ)
「あっ綱海く…」
「…あっちぃー!!!」
「バカめ。熱いに決まってるだろうが。」
焼きたてのクッキーに大ダメージを受けて床をゴロゴロとのた打ち回る綱海君には申し訳ないけど、クッキーをお皿に移してマフィンを焼く事にした。私が手を洗っている間に鬼道君が手際よくカップを天板に並べてくれた。おお、紳士…!
「何分焼くんだ?」
「20分くらいかな。」
「20分だな。」
「うん、ありがとう。」
「構わん。ところで俺もクッキーを貰ってもいいだろうか。」
「あ、うんいいよ。鬼道君はこんな普通のクッキーなんて食べ飽きてるかもしれないけど…」
「いや、ここまでうまい出来立てはなかなか。」
「そう?よかった」
結局綱海君はマフィンが焼きあがるまで再起不能だったけれど、焼きあがった事を告げると目をきらきらと輝かせて飛び起きた。早く食おうぜ!と言いながらクッキーのが入った大きなお皿を持ってテーブルに向かう今の綱海君はメンバーの中でもっとも子供っぽい。それを見つめる鬼道君の眼差しはどこかお父さんっぽい。そんなお父さん鬼道君と一緒に焼きあがったマフィンもお皿に移して綱海君の待つテーブルへと移動した。綱海君の隣には私、その反対隣には鬼道君。
「名前!あーん!」
「食べさせろって事?」
「おう!」
「仕方ないなぁ、はいあー「これでも食ってろ」鬼道君!?」
「鬼道てめっマフィンのカップじゃねーか!」
「お前はそれで十分だ」
「羨ましいからって邪魔すんじゃねーよ!」
「海に還るんだな」
私としてはゆっくりクッキーとマフィンを食べたかったけど鬼道君と綱海君がなにやら騒がしくなってきたので放っておいて皆に配りに行く事にした。あの二人仲悪かったっけ?
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VS夢の難しさを知った。ていうか鬼道一回も名前呼んでないしかも絡んで無い
11.03.28
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