「げ、」
廊下の曲がり角でばったりとでくわした。俺より頭1つ分と少し身長が低いそいつはぶつかった後に俺の顔を見るとげ、と一言嫌そうな声を出してはくるりと体を反転させ、今しがた歩いてきた方向に逆走をし出した。
「コラァ!待つッショ苗字!」
「うわ!来んな玉虫ロン毛!」
「大体お前学校来たの何日ぶりだ!?連絡しても出なかったッショ!」
「出るわけねーだろバーカうんこ!」
「女がうんことか言うなッショ!待て!」
「待つわけねーだろ!」
くそ…見失った。ったく逃げ足だけは早いッショ。学校という広い組織のただの教師と生徒ならどれだけ良かった事か。わざわざあんなじゃじゃ馬の相手をする事もないだろう。なんで俺があいつの担任なんだ…髪は規定以上に長い、反対にスカートは規定以上に短い、指定のシャツではない淡いピンクのカラーシャツ、ボタンはだらしなく2つ開けられおまけにネックレス。指輪もしてればピアスも…はぁ、考えるのが疲れて来たッショ…
今日こそはと思ったが早々に逃げられた。次あいつと顔をあわせるのはいつになることやら…
「はぁ…今日も疲れたッショ」
トントンとプリントをまとめ小脇に抱えて職員室を出る。どうせ明日配るんだし今のうちに教室に置いておいてもいいだろう。教卓の中にプリントをしまい込み教室を出ると窓から入り込むきらきらとした夕焼けが目に入り、がらりと窓を開け中庭を覗きこむ。ふと、視界の端に人影が見えた。下校時間も過ぎてるし、めんどくせーけど教師として見逃せないッショ。
外履きに履き替えてその人影に近づく。両足をぎゅっと引き寄せて顔を伏せたまま動こうとしない。はぁ、と小さくため息を吐いてそいつの名前を呼ぶ。
「何してるッショ、苗字…」
「………」
動こうともせず、うんともすんとも言わない苗字の体を見れば、あちこちにかすり傷や、後に痣になるであろう鬱血痕がある。髪も乱れていて、また面倒を引き連れて来やがった、こいつは。はぁ、ともう一度ため息を吐いてどさりと隣に腰を下ろすと苗字は小さく体を強ばらせ少しだけこちらを見た。泣いたのだろうか。化粧少し崩れていて、頬にも鬱血の痕があった。
「今度はどこの学校ッショ?」
「…となり町」
「お前、女だろ。傷でも残ったらどうするつもりッショ?」
「別に。」
「とりあえず保健室行くッショ。手当くらいしてやる。」
「いい。そこまでされる理由も無い」
「俺はお前の担任。それだけで十分ッショ」
「やっ…、ちょっと!」
相変わらず動こうとしない苗字の膝の裏に手を入れてひょいと抱き上げると、さっきまで静かだったのが嘘みたいにじたばたと暴れだす。こいつ…身長の割には軽くないか?
「下ろしてよバカ島!降ろせっての…巻ッ…し、ま…」
ぽろり。
アイライナーに囲まれた苗字の大きな瞳から涙が溢れる。
「お前、何でもかんでも抱え込みすぎッショ。さっきも言ったけど俺はお前の担任。どんな事でも言えばいいッショ…」
苗字はこれ以上涙を見られまいとでも言うかのように俺の胸に顔を埋めて小さく嗚咽を漏らした。
「他に痛む所は?」
「ない…」
「それにしても派手に暴れすぎッショ…体中絆創膏と包帯だらけじゃねーか」
「わたし悪くないもん…」
「そーいう事は喧嘩しなくなってから言うッショ」
ぺしん、包帯の上から膝を叩くとお返しと言わんばかりに鳩尾を殴られた。
ぽんぽん。苗字の頭を軽く撫でるときょとんとした目でこちらを見つめる。一瞬へにゃりと顔を綻ばせたと思えば今度は悲しそうな顔になりぎゅっと下唇を噛む。
「なんで先生はこんな私にいつまでも優しいの?担任だから?わたし、先生の事ただの担任だとは思ってない。入学してすぐの時、私が先輩と喧嘩になった時先生本気で心配してくれた。お前は女の子なんだからって。私にそんな事言ってくれる人いままでいなかった。だからね、その、」
嬉しかったよ。小さな声でそういった苗字の顔は夕焼けのせいか、少しだけ赤かった。いつもこれだけ素直ならいいんだけどな。
「まずは少しづつでもいいから授業に出る。俺の授業だけでもな。」
「気が向いたら…」
「じゃー、明日の3限。俺の授業に出たらご褒美あげるッショ」
「ご褒美?なに?」
「それは秘密。言ったら面白くないッショ?」
次の日、ちゃんと言った通りに俺の授業に出てきた苗字の頬にご褒美、といいながらキスをして殴られるのはまた別の話ッショ…
14.07.05