不知火一樹には苦手な奴がいるらしい。
恐怖政治宣言をかまし、「俺が白と言えばカラスも白」という名言を残してくれた彼に、だ。
少し驚いたが、まあ彼も人間であるからして。苦手な人間の1人や2人いるだろうと納得した。これを知ったのは彼と一緒に課題をやっていた時だった。
どうしてそんな話題になったのかは忘れてしまった。一樹の方は、「つい口が滑った」らしく少し慌てていたのは覚えている。
「初めて知った」 「そりゃあ初めて喋ったからな」
図書館で課題のレポートをやっていたため、いつもより声のトーンを落として喋る。
彼とは3年の付き合いになる。同じ科だから、星詠みの光と影の部分も良く理解しているわけで。特に仲が良いというわけでもなく。いつの間にか一緒によく行動をするようになっていた。だから、互いの趣味・嗜好・長所・短所も把握していた。
「苦手、ねえ? 嫌いではないんでしょ」 「まあ。どっちかって言えば好きなんだけどな」 「変なの。で、誰?」 「嫌だ。お前には教えん!」 「ケチ!」 「お前はヒント言ったらすぐに当ててくるから、ダメだ」
気になるじゃないか。いくら粘っても教えてくれなかったので諦めるしかなかった。
「……あと1年の辛抱じゃん。我慢したら?」 「長い」 「そんなことないよ。3年生はあっという間だよ。すり抜けていくんだから、ぼやぼやしてたら」
シャーペンを動かしながら答えると、彼は「そうだな」と、下がってきた眼鏡を押し上げた。彼は何かしらの作業をする時は眼鏡を掛ける。
「一樹。似合ってるね」 「眼鏡か?」 「うん。カッコいいい」 「……」
返事が来ない。手を休めて顔を上げると、変な表情の一樹と目が合った。
「なに、にらめっこ?」 「違う」 「男前が台無しだよ」
不細工。笑ってやれば、なんとまあ、彼は更に複雑な表情を作る。
「そういうのは、相手を選んで喋ろよ」 「思ったこと言っただけ」 「勘違いする野郎が出るぞ」 「あ。じゃあ一樹は『勘違いする野郎』なんだ」 「人の揚げ足を取るな」
一樹が溜息を零す。
「あのなあ。お前は女としての自覚を持て」 「こう見えて小悪魔目指してるから」 「嘘つけ。お前が計算でそんな台詞言うか」 「バレた?」 「1年生の時からの付き合いだろ」
うん、そうやって色々言ってくれるから、一樹の事は好きだなあとは思う。生徒会長やってるくらいのリーダーシップあるし。一樹がクラスメートで良かったな。
でも、不知火は私の前だとなんか大人しい。生徒会長の演説の、あの強気な彼はどこに行ったんだろう。誉や桜士郎の時は普通なのだけども。
「……ん?」
ふと、視界の端に見覚えのある後ろ姿を見つけた。――あれは、なんだ、2年生の夜久さんと――。
「…一樹いー」 「ん」 「夜久さんってさあ、誉とでも付き合ってんの?」 「は?」 「いや、そこに夜久さんと一樹がいるから」
指差しはまずいと思い、目で教えてやる。私の視線を追って、一樹も2人の姿を見つけた。確かあそこのコーナーは日本文化関連だったような。何の話してんのかなー。
「珍しいな。部活か」 「ああ、あれはまだ付き合う手前か。惜しいなあ、早く付き合っちゃえばいいのに」 「お前は真っ先に野次馬になるタイプだな。ってか何でそう思うんだよ」
一樹の問いに、勘だよ、と答えた。本棚の前で楽しそうに会話している彼らは、微笑ましかった。
「うーん、付き合うにしては並んだり歩いたりする距離がね。それに誉の方が好きのベクトルが強いと見た。誉の雰囲気が更に柔らかいねえ」 「なるほど……。相変わらず、そういう、他人の観察は上手いよな。勘がするどいというか。見透かすというか」 「褒めてんの?」 「当たり前だ。……あの2人、上手くいけばいいな」 「うん」
どこか遠い目をしている一樹。その横顔を見つめていると、彼がこっちに向き直って「見惚れてんのか?」なんてバカなことを言うので「さっさと課題やるよ」と受け流した。
再び紙面にペンを走らせるが、私の集中力はとっくの昔に切れてしまっていたらしい。ああ、こりゃダメだ。今日はもう無理。明日地球が終わりますって言われても無理。ギブアップ。
とはいえ、一樹より先にギブアップは私のプライドが許さないのでレポートをやるふりして、彼が苦手な人物について考えてみる。気になるものは気になるのである。
あ、でもそんな交友関係知らないなあ。案外先生とかだったりしないかね。……ないか。ちらりと一樹の様子を窺ってみた。……視線が合う。あれ?
あ、この顔知ってる。
「……ねえ、一樹」 「何だ」 「一樹さあ。私の事好きでしょ」 「――根拠は」 「いや、勘なんだけどね」
一樹の表情が、誉の出してた雰囲気にそっくりだったから。
柔らかな表情で微笑む、あの顔とそっくり。
的中したのか、彼の目が丸くなっていた。数秒固まったあと、やっと口を開いた。
「だから」
絞り出したような声と、苦笑い。
「だからお前は苦手なんだ。なんでも当てるから」
不知火一樹には苦手な奴がいるらしい。
しかもどうやら、彼にとって苦手な人と好きな人は一緒で――。
「それで。お前の返事は?」 「えー、言わなくても察しようよ」 「イエス以外は認めない」 「えー」
ここだけの話。一樹となら上手くきそうな、そんな予感はするけどね。
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