胡蝶の夢のように



目が覚めた。

そこに彼女、弟の神であるだろう妹は存在しなかった。

存在しないというのは間違いかもしれない。

丸みを帯びた字体で書き置きが残されていたからだ。

彼女の字体だと、そう思った。

さっき起きた時には感じなかった過去のことを、今の私は知っていた。

寝ている間に過去を垣間見たらしい。

いよいよ、夢らしくなくなってきたと溜息を吐きたくなった。

私は比内家の第一子であり長男の比内煉。

この春中学3年になった。

中学1年から2年の間を九州の親戚宅で暮らしていたらしい。

その間の記憶は曖昧過ぎて、よくわからない。

3年に上がると同時に関東の親元に帰ってきた。

転入予定であったが、事故に遭った為、まだ登校していない。

現状でわかるのは、これくらいだ。

実際との大きな違いといえば、性別と比内家だろう。

裏に手を染めていない、表向きだけでなく完全なる善の大企業の創業者一族。

どこまでが現実なのかわからなくなりそうだ。



「現状に甘んじる他ないんだけどね」



郷に入っては郷に従え。

横と足並みを揃えるのは良くも悪くも日本人の特性だ。



「私は…比内煉であることを望んだのか」



結局のところ、そうなのだろう。

比内煉であることに執着した。

男として生まれてきていれば、と。

比内家に生まれてこなければとは望まず、比内家に男として生まれてきていればと望んだのだ。



「結局、比内家に縛られ囚われているのは私か」



どうすれば、この夢から抜け出せるのかなどわかる筈もない。

それならば、この世界の比内煉を演じきるしかないのだろう。

根本的な部分で比内煉は同じものだ。

であるなら、演じることなど容易い。



「道化師」



誰かの掌で踊るなど御免だと思っていたが、人間はいつだって“カミサマ”の掌で踊っているだけなのかもしれない。

これもその“カミサマ”を楽しませる余興に過ぎないのだとしたら、私は踊るしかないではないか。



「真実は“カミ”のみぞ知る」



いつだって、比内煉は周りに従順に生きてきただろう。

大丈夫だ。

性別が変わっても、私は神の姉であり兄なのだ。

存在意義となりえるものは、まだ私の近くにいる。

私は、神の為に生きよう。

彼女が私の妹である限り、私は比内煉でなくてはならない。

全てをあの子のように背負わせるわけにはいかないのだから。







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