平行世界
扉を開けた先に居た藍色の髪を揺らす中性的な人物に、私の目は釘付けである。
穏やかな美人だと思う。
女性であっても、男性であっても、モテるんだろうなとも思う。
けれども、それ以上に知っている筈もないのに、見たことのあるような、知っているような、そんな感覚を覚えた。
「こんにちは」
ぼんやりと見ていたら、声を掛けられた。
まさかの事態だ。
声を掛けられるとは思っていなかった。
「こんにちは」
「君も患者さんだよね」
「事故に遭ってしまって…」
苦笑を携えて答えれば、美人は自分が座るベンチの隣を私に勧めてきた。
当たり前かとも思うが、なかなか気の利いた人だ。
なんせ、今の私の頭には包帯が巻かれている。
「何か?」
ジッと見つめ過ぎたのだろうか、問われて目線を外した。
「美人ですね…と言うのは可笑しいでしょうか?」
「美人…?」
「穏やかな美人さんだなぁと印象を受けましたので」
正直にそう言えば、美人はきょとんとした顔をした後、お腹を抱えて爆笑し始めた。
笑いどころがわからない。
「穏やかなんて久しぶりに言われました。俺、幸村精市です」
「ご丁寧に。ボクは比内煉といいます」
当たり障りなさそうな一人称を使い自己紹介をする。
美人は“ゆきむらせいいち”と名乗った。
別段珍しくもない名前だと思うのに、どこか引っかかる。
聞いたことがある。
いや、見たことがある字面が頭の中に並ぶ。
“ゆきむらせいいち”は幸村精市と変換するのだろうか。
まさか、そんなはずはない。
「どうかしました?」
「いえ、なんでもないです。あ、お名前、どんな字を書かれるんですか?」
不自然ではなかっただろうか。
早くこの引っかかりを取り除いてしまいたい。
“ゆきむらせいいち”が笑った。
「真田幸村の幸村に、精神の精で市場の市で、幸村精市。結構、珍しいでしょ?」
あぁなんてことだ。
椿、私は君が憧れていた幸村精市と現実の人間として対峙してしまったよ。
クラクラと目眩にも似た何かを感じた。
「大丈夫ですか?」
「あ…えぇ、大丈夫です。ボク、この春、中3になったんですけど、幸村さんは?」
誤魔化すなんて言葉には程遠いだろうが、何とか切り抜けられるだろうか。
「え?同じ年かい?」
「幸村さんも中3ですか?」
「うん。不謹慎だけど、嬉しいや」
笑う幸村さんの笑顔は見惚れる程に綺麗で、何故か泣きそうになった。
こういう時、どうすればいいんだっけ?
私はとにかく笑おうとした。
自分も嬉しいのだと。
心では、出会う事のない筈の人物との遭遇に、これ以上ないほどの動揺を隠して。
私は唐突に悟っていた。
これはただの夢などではなく、私は異世界に来てしまったのだと。
誰かが言っていた。
世界は幾つもあり、それは平行に進んでいる。
人はその平行世界をパラレルワールドと読んだりするが、実際、その世界からすれば、私達の世界こそパラレルワールドなのだと。