◎ 他の誰でもない君
歩み進んで道に不安になった。
だから、私は逃げ出した。
私はココに閉じこもった。
ピンポーン
インターフォンの音が部屋に響く。
中学に上がった年から一人で住み始めたマンションの一室、それが私の生活区域だ。
ワンルームの部屋にはベットしかない。
服やらなんやらは、クローゼットに詰め込んであるから、タンスさえもない。
電子音を立てる冷蔵庫も、そこにあるだけで、中は何も入ってない。
唯一、起動されているパソコンはデスクトップではなく、スクリーンセイバーをその画面に映している。
ピンポーン
もう一度、インターフォンが鳴る。
誰かなんて、解っていた。
ココを訪ねてくるのは一人しかいない。
ベットの上で丸まっていた布団を剥いで、玄関に向かった。
ドアスコープを覗いて確認した顔は、思い描いたとおりの人物のそれだった。
ただし、想像以上に眉間に皺が寄っているということは、そうとう怒っているのだろうか?
ガチャリ
音を立てて、開錠した。
途端にドアが開く。
「おっせぇよ」
遠慮も何もなく、私の手を掴んでづかづかと部屋に侵入するこの男は、ココが一人暮らしをする女の子の部屋だと認識しているのだろうか。
「今日は何食った?」
「何も」
「昨日、俺が帰ってからは?」
「………」
無言は肯定。
何を言っても怒らせるなら、言わない方がいい。
「ちゃんと食えって言ったよな?」
それは昨日今日の話なんかじゃなくて、まだちゃんと学校に行っていた頃からだ。
「やっぱさ、俺、ココに」
「やだ」
言い切る前に否定の言葉を紡ぐ。
ここ数週間、同じ内容の問答を繰り返しているのだから、いい加減にして欲しい。
「音子」
「赤也にはちゃんと家族がいるでしょ」
「でも」
尚も言い募ろうとする赤也の口に掌を当てて、無理矢理黙らせる。
そうでもしないと煩くて敵わない。
「こうして会いにきてくれるだけで、十分だから」
ね?
と笑えば、ムッと眉間に皺が寄る。
「なぁ」
赤也の口に当てた手を、赤也が握る。
掴まれた手は、熱を持った気がした。
「アンタ、俺のこと嘗めてるでしょ?」
「何言ってんの?」
「俺は、音子がいいんだよ!!」
挑発的に睨みつけられた視線を逸らすことは出来なかった。
「他の誰もいらない」
ギュッと、手を握り締められる。
視線は絡んだまま。
「音子だけでいい」
この言葉だけでいいと思えてしまうのは、何故なんだろうか。
多分、赤也じゃなくて他の誰かがこの言葉を言ったとしても、私には届かない。
赤也が言うから、私に届くんだ。
「赤也、ありがとう」
知らずに流れ出した涙は、ポタリとカーペットのひかれていないフローリングに落ちた。
他の誰でもない君(私だけでいいって、最強の口説き文句)
write by 99/2008/05/16
引き篭もりなのは音子ちゃんでなく99(マテ)
実際問題、ダークな思考回路の持ち主なので、こんな君だけでいいとか言われた程度じゃ浮上できません。
音子ちゃんはいい子なんだよ、きっと。
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