短編 | ナノ

 詐欺師な先輩と私



この間まで咲いていた桜は散り、碧い葉桜になってしまった桜並木を歩く。

先輩たちが卒業して、最高学年になった私はどことなく寂しさを感じている。



「黒井さん」



聞き慣れた、でも、久しぶりに聞くその声に振り向けば、去年委員会でお世話になった柳生先輩がそこにいた。

相変わらず、丁寧な人だ。



「おはようございます、柳生先輩」

「おはようございます」



ニコリと微笑みを浮かべる姿はどこか品を感じる。

噂によると、お父様は医師だとか。



「今日は朝練がないんですね」

「えぇ、よくわかりましたね」

「朝練だったら、今の時間はコートですよね?」



口元に手を当てて、クスクスと笑えば、柳生先輩もクスリと笑った。

それに違和感を感じる。

なんだろうか、何かが違う。



「どうかしましたか?黒井さん」



あぁ、わかった。

柳生先輩の違和感。

心配そうに覗き込んできた柳生先輩の眼鏡のレンズ越しの目だ。

この目を私はどこかで見たことがある。



「…仁、王先輩……?」



私の呟きに、柳生先輩が動きを止める。

私達の視線は絡んだまま。

沈黙が続く。

柳生先輩の口端がニィッと上がった。

こんな表情、柳生先輩はしない。



「よぉわかったのぅ」



突然変わる声音と口調。

独特の方言が、耳に入る。

眼鏡と鬘を外して、仁王先輩は実に面白そうに私を見下ろす。



「お前さん、俺のこと知っとったんじゃな…」

「有名人ですから」



そう言って、私はまた前を向いて歩き出す。

本当のところ、仁王先輩は前に何度か話した覚えがある。

しかし、それを仁王先輩に話したところで、私だけが覚えているという可能性が高い。

それが容易に想像できるのは、彼、仁王先輩が人に興味がないと有名だからだ。

というよりも、よく柳生先輩がそう言って苦笑していた。



「お前さん、柳生が好きなんか?」



先程の位置から動くことなく、私に問い掛けてくる仁王先輩を振り返る。

ちょうど、陽の光が逆光になって仁王先輩の表情は見えない。



「その顔は違うんか?」



よっぽど、間抜けな顔をしていたんだろうか。

そう言った仁王先輩は私に向かって歩いてくる。

なんだか、相も変わらず不思議な人だ。



「さてと、行くかのぅ」



そう言って歩き出す仁王先輩。

それに倣って、歩き出す私………?



「あの…」

「なんじゃ?」



どこか嬉しそうに見えるのは気のせいだろう。

そして、引っ張られるようなこの感覚も気のせいだ、きっと。



「手…」

「恋人繋ぎがよか?」

「違って、なんで繋いでいるんですか?」



その問いに答えはなくて、朝の光にキラキラ輝く銀色を揺らして、仁王先輩はただただ嬉しそうに笑った。

普段のあの人を食ったような大人びた笑みじゃなくて、それはもう子供みたいな笑顔で。

笑うだけで、仁王先輩は私の手を引いて、時々、その手を揺らして歩く。

機嫌を悪くされるより、ご機嫌ならそれでいいかと思いながら、仁王先輩に手を引かれて学校まで歩いた。

朝練の時間には遅くて、一般の登校時間には早い時間だった所為か、誰にも会うことはなかった。

高等部と中等部じゃ靴箱の場所が違うからと、やっと手を解放される。

別れ際も仁王先輩は機嫌が良くて、にこやかだった。



「黒井さんは赤也と同じクラスか?」

「切原くんですか?違いますよ。私はA組なんで」

「ほぅ」



さっきまでの子供みたいな笑顔とは違う、いつもの笑顔を浮かべる気配に、何かまずいことを言ったかと、振り返る。

でも、機嫌が悪くなったわけではなさそうだ。

気にしないに越したことはない。



「じゃ、私はこれで」



上靴に履き替えて仁王先輩に向かって一礼する。

仁王先輩はそれじゃと手を振ってくれた。



「俺に溺れさせちゃるよ、黒井音子」



仁王先輩が私の背中にそんな呟きを落としていたなんて、私は知らない。




詐欺師な先輩と私
(「一緒に昼飯なんてどうじゃ?」詐欺師が来て自分の失態に気付いた)
write by 99/2008/05/16




仁王先輩、朝から柳生先輩になりすますのはやめてください。
後輩たちはこう思ったと思うよ(笑)
音子ちゃんは別に柳生が好きなわけでも仁王が好きなわけでもないんです。
ただ柳生は音子ちゃんにとって一番仲のいい先輩ってだけなんです。
それを仁王的には、柳生←音子ちゃん←仁王な感じで、勝手に嫉妬。
でも、音子ちゃんが柳生を好きなわけじゃないってわかって…みたいな。



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