◎ 見慣れたはずなのに、違う
どこに行くのかと聞いても、彼は答えなかった。
ただついて来いとばかりに手をひくから、その手をしっかりと握って、彼が進むがままに進んだ。
彼の好きな海は一切見えないのに、何だか彼は上機嫌で、そんな彼を見たのは海辺に居る時だけだったから、嬉しかった。
父母が城勤めだった為に幼い頃から彼と一緒だったけれど、身分差がはっきりと見えていたから、彼がいつか何処ぞの姫様と祝言を挙げることもわかっていたし、その姫様との間に生まれるだろう子の乳母になるのが自分であるのだとわかっていた。
だからこそ、幼い頃に芽生えた彼への恋心は花を開く前に自身の手で摘み取ったというのに。
何故、私は彼に手を引かれているのだろうか。
「やさ、…元親様」
彼が弥三郎様だったのはほんの少し前までのことだ。
元服し初陣からは早かった。
姫若子と呼ばれていたのが嘘のように、彼の成長は目まぐるしい。
彼の顔を見ようとするならば、私は首が痛くなる思いをして、見上げねばならない。
幼い頃から私は彼を見上げてばかりだ。
それでも、幼い頃は彼が少しばかり屈んで目線を合わせるように話を聞いてくれていた。
「なぁ音子」
「はい、何でございましょう?」
「室に上がってくれねぇか?」
何を言うのですか!と言えなかった。
彼が一番身分というものを知ってている筈なのに。
何を何を何を。
「嫌なら嫌でいい。俺が勝手に言ってるだけだ。これは命令じゃねぇし、正式な申し出でもねぇ」
ならば、何だと言うのですか。
あぁ今日は言いたい言葉を全て飲み込んでいる気がする。
言葉が声にならないなんて、はじめての経験だわ。
「音子」
止まっていた歩みと共に、急に手を引かれて、彼の胸に飛び込む形となる。
仕えるべき主人に支えてもらうなど言語道断。
すぐに離れるべく態勢を立て直そうとしたけれど、その前に元親様の腕が私の背に回り、抱きしめられた。
「ただこれだけは聞いてくれ。俺は餓鬼の頃から、正室に迎えるのは音子しか考えてなかった。側室なんか要らねぇ、俺はお前だけがいい」
なんて、熱烈なる告白なのでしょう。
私がいいと、私だけでいいと。
待ち受けるものが身分差というどうしようもないものであっても、元親様はそう言ってくださるのですね。
頬を熱いものが伝う。
「元親様、私は貴方様が弥三郎様でした頃よりずっとお慕いしております」
見慣れたはずなのに、違う
本当か。と笑う貴方様のこと。
「見慣れたはずなのに、違う」(c)10mm.
write by 99/2010/11/24
何故こうなったし…!
現代ならば幼なじみと言える関係であるのに、時代的には身分差でそんなことの言えない時代。
お互いに想い合ってることも何となくわかっていて、音子さんの方は身分差をわかってるから絶対に想いを伝えられることもないと割り切っていたのに、元親の方は身分差なんて関係ねぇと欲したものを我慢する道理はないと音子さんを娶る気満々だったという話。
とりあえず、この元親ならそこらの同盟国(私的には伊達か島津を希望)に頼んで、音子さんをそこの家臣(伊達だったら多分右目のとこか鬼庭さん辺り、か、島津さんならじっちゃん自身がしそうだがな)とかのとこに形式上のみ養子にしてもらって娶るとかしちゃいそうなんで、ある意味モーマンタイ。
伊達と島津を名指ししたのは、面白がって乗っかりそうなとこだから。
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