お題 | ナノ
もう逢えない気がしてた(手塚国光)
電話口から聞こえるお前の声はいつも穏やかだった。 俺が九州に来て数日。 彼女は不安だとかそういう話は一切しない。 ただ今日のテニス部はどうだったかという話と授業の話をするだけだ。
『今日はね、乾がまた新しいドリンクを開発したみたいでね。悲鳴が凄かったよ』
クスクスと笑う声は耳に心地良く響く。
『明日は、』
どこか様子がおかしいと気付いたのは、彼女が言葉を区切ったからだ。
「どうした?」
『ううん、なんでもないの。明日も早いんでしょ?そろそろ切るね』
彼女が一方的に電話を切るのははじめてだったけれど、俺を気遣っただけだと納得し、そのままベッドに入った。 その日から彼女との連絡は途切れた。 九州から帰った俺を待っていたのは彼女が誰にも告げずに転校したという事実。
「もう逢えない気がしてたんだ」
そう漏らした呟きはただの強がりだった。
(c)こなゆき
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