お題 | ナノ

私は私でいられない(柳生比呂士)



「そんなに大和撫子みたいな女がいいなら、私なんかと付き合わなきゃよかったのよ!!そうよ、別れよう。じゃぁ、さよなら、ばいばい」


目の前の比呂士に口を挟まさないよう、一気にまくし立てて、別れを告げた。
勢いだけで別れを切り出した。


「まっ待ってくださいっ!!」


そんな比呂士の声も無視して、私は走り去った。
これ以上、比呂士の前にいると、比呂士に言いたくもない暴言を言ってしまいそうだったからだ。
走って走って、比呂士といた渡り廊下からだいぶ離れた中庭にまで来ていた。
上がりきった息を整えようと座った瞬間、涙が溢れた。


「…止まれ、止まってよっ……」


どんなに拭いても涙は止まってはくれなかった。


ザリッ


「ばぁーか」


ポンッと冷たい何かが頭に乗る。
かけられた声から誰かは判っていた。
大方、比呂士と私のさっきのやり取りを偶然見ていたんだろう。
頭に当てられたのはペットボトルか何かだろう。


「馬鹿だって自分だってわかってるよ、ブン太」

「やっぱりな。比呂士と別れたかった訳じゃねぇだろい?」


別れたかった訳なんかない。
それを言うのはまだ怖かった。
別れたという事実を認めてしまうから。
ただ、私は頷いた。


「お前、比呂士好きなんだろい?なのに」

「比呂士の前に立ったら、自分が自分じゃなくなるんだもん」

「自分じゃなくなる?」

「比呂士が大和撫子みたいな子が似合うの判ってるし、比呂士が女性なんですからって言う度に、私じゃダメなんだって思って、もうやだ…」

「そうだったんですか、すみませんでした」


聞いていたブン太の声じゃなくて、比呂士の声が聞こえて思わず伏せていた顔を上げた。


「比、呂士…」

「貴女に愛想を尽かされようと、未練たらしい話ですが、別れたくなんかないんです。お恥ずかしい話ですが、貴女のことを私より理解している丸井君に嫉妬していたんですよ」


優しい比呂士の穏やかな声が耳に届く。


「貴女でいいわけじゃない。貴女でないと、ダメなんです」




(c)こなゆき