祈りは天に届かない

臓腑を掻き乱されるような、衝撃。
それは脳内を回り続ける栄丸様の御言葉の所為であると分かっていたが、俺はどうすることも出来ずにいた。


『綱元に一つ面白い事を教えましょう』


そう切り出した栄丸様の言葉は衝撃でしかなかった。
常から幼子にしては奇妙な物言いをされる方ではあったが、続けられた言葉は予言と言うよりも本当に先を知られているような気さえした。


『生まれてくるのは男子で、父上はその子に“梵天丸”と名付けられるでしょう。気高く強い龍に成るべくして産まれてくる。彼が、伊達の嫡男です』


嫡男は貴方様だと言うことさえ叶わず。
嬉しそうに微笑まれた栄丸様を見返すことしか出来はしなかった。
元より子供らしくない方で、於東の方や輝宗様とお会いされることが出来なくとも寂しいとも言われない。
それでも、心の中では寂しいのだろうと思っていたことでさえ、否定されたような気もした。
それでも、この心に宿るのは栄丸様をどうすればお守り出来るのかという忠誠心であり、城の者達が言う嫌悪感等ではなかった。
ただこの予言のような栄丸様の言を輝宗様に伝えるべきかを悩んでいた。
俺は栄丸様の傅役であるし、主と思うのは栄丸様だ。
しかしながら、雇い主であり、俺の給金を出してくださっているのは、栄丸様の父君であられる輝宗様だ。
栄丸様の様子を輝宗様に伝えるのも、俺の仕事の一つ。
なれば、報告するのが当然であろうとも思う。
けれど、これは言うべきではないように思うのだ。
そんな自問自答を繰り返し、随分と時が過ぎていた。


「綱元、栄丸様の処へ。決して、室を出られないように」

「義姉上、何かあったんですか?」

「於東の方様が産気づかれたのですよ。わかったのなら、早く!良いですね?」


廊下で声をかけられ急かされて、栄丸様の室に向かう。
行儀悪く駆け足となるのは、ご愛嬌だろう。
状況としては、確実に気付かれはしないだろう、輝宗様が雇われている忍以外には。


「栄丸様、綱元でございます。入りますよ」


入室を断られることなどないが、一応礼儀として声をかけて襖を開けた。
室に敷かれた褥の上で正座をしている姿に、少しばかり安心した。
こちらに視線を向けた栄丸様に近付いて、褥ではなく畳の上に座る。


「じょうないがさわがしいようですが?」

「お気付きでしたか」


本当に敏い。
きっと栄丸様はお気付きなのだろう。
この間の言もそうであった。
ならば、義姉上は気付かれぬようにという意味であぁ言っていたのだろうが、隠しても意味はない。


「於東の方様が産気づかれたそうです」

「あぁなるほど。げんきにうまれてくれるといいですね」


そう言って笑われた。
この方の言に真意や裏等ない。
お心のままに紡がれている。


「きょうはここからでないほうがいいみたいですね」


状況を察して、栄丸様が紡がれた言の通り、その日栄丸様は厠以外は自室から一歩も出ずに過ごされた。
褥に横になられる直前、思い出されたように俺を見上げられた。


「おちついてからでかまいませんので、ちちうえへのえっけんをおねがいできますか?」

「畏まりました」


何を思い輝宗様との謁見を願われたのか、俺には全くわからなかった。
栄丸様でなければ、父君が恋しくなったのかとも思うが、きっと違うのだろう。
それを証拠に、伏せられる前の栄丸様の瞳は何か決意のゆおうなものを宿しておられた。
と、思い馳せている内に、気付けばすぅすぅと心地よさ気な寝息を栄丸様が立てられており、すくっと立ち上がる。
出来ることなら、この方の見る夢が優しいものであるように思いながら、栄丸様の室を後にした。




祈りは天に届かない
和「ふきだまり、旋回」(c)ARIA
write by 99/2010/11/08
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